後姿のピアニスト ♪ 新編集版 ♪
 3日後、男はネットニュースでWHO事務局長の衝撃の発言を目にした。
 3月26日のG20テレビ会議において「数百万人が死亡する可能性がある」と述べたのだ。
 
 数百万人? 
 なんだそれは? 
 心が凍りつくような発言だった。
 SARSでも千人死んでいないのに、と思った瞬間、ペストのことが頭に浮かんだ。
 あの時は数千万人規模だったような気がしたのでネットで検索すると、4千万人以上が死亡したと記載されていた。
 しかし当時は医療が発達していなかったし、原因がわからず、治療薬もなかったから。
 
 いや、今回もそうだ。
 未知のウイルスだから治療薬はないし、ワクチンもない。
 当時に比べて医療技術は格段に進歩しているが、原因療法がない点では同じだ。

 そうか、数百万人が亡くなる可能性があるのか……、
 重苦しい息を吐きながらニュース画面を下に追うと、各国に対する感染防止強化を求める発言が目に留まった。
「感染の疑いがあるすべての人を検査・隔離し、感染経路を特定することは、選択肢ではなく義務だ」
 う~ん、感染経路を特定して隔離する……、
 その先に待っているのは感染国からの人の移動の制限しかない。
 これ以上感染国が広がったら間違いなく国境を越えた移動に制限がかかる。確かに世界ではロックダウンを行っている国もある。
 もしかして日本でも……、
 背筋を悪寒が走った。
 人の移動なくして旅行はあり得ない。
 もし移動が制限されたら旅行に関係する仕事は無くなる。
 旅行代理店、ホテル、旅館、民宿、飛行機、電車、バス、船、レンタカー、リゾート施設、アトラクション施設、オプショナルツアー関連企業、ガイドなどの個人請負、どれだけの会社が、どれだけの人が影響を受けるのだろうか。
 それでも大手はまだいい。
 蓄積した資産があるから。
 しかし、中小の企業や個人請負にそんなものはない。
 収入が止まれば息の根が止まるのだ。
 そんなことを考えていると、空気が薄くなってきたように感じて、息をするのが辛くなってきた。
 事務局長の顔がぼやけてきた。


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