えぇっ、殿下、本気だったんですか!?~落ちこぼ令嬢は王太子の溺愛を肉壁だと思い込んでいる~
 表面上だけの友人には戻れるかもしれないけれど、買い物に行き、色んな話をしてはしゃぐことはもう出来ないだろう。

「……少し、考えさせてくたさい」
「ルチア」
「ごめんなさい。ジルが言っていることが正しいってわかってはいるの」

 いつもなら握り返していただろう手からそっと抜け出すように手を外す。
 冷たい手が離れたはずなのに、重ねられていた手も心もさっきよりずっとずっと冷たく感じた。

「今日は、ありがとうございました」
「ルチア!」

 話すことに夢中で気付かなかったが、いつの間にか馬車は止まっている。
 窓から見える景色はいつも見ている我が家から見える景色と同じで、帰ってきていることを察した私は、そのまま名前を呼ぶジルを振り返ることなく馬車を降り、一度だけ彼の方へと視線を向ける。

“加護が無くても、ジルの瞳は七色なのね”

 ルビーのようで、サファイアのよう。
 エメラルドのようでアメシストのよう。

 色んな色味が混ざるオパールのような彼の瞳が僅かに揺れていることに気付くが、私はまた彼に背中を向け、真っ直ぐ家へと足を進めたのだった。


「出発する時は一緒だったのに」
< 160 / 262 >

この作品をシェア

pagetop