えぇっ、殿下、本気だったんですか!?~落ちこぼ令嬢は王太子の溺愛を肉壁だと思い込んでいる~
 普段なら仕事を終えているだろう時刻なのに、私を心配して様子を見に来てくれた結果この時間からまた仕事に戻ると聞き思わず青ざめてしまう。

 そんな私の様子に気付いたジルはふわりと笑い、私の頭をそっと撫でた。

「僕が来たかっただけだから気にしないで。それでも気になるってことなら、仕事が頑張れるようにおやすみのキスをくれる?」

 そして少しだけしゃがみ、私の前に頬が出される。

“ど、どうしよう”

 痛いくらい心臓が跳ねる。
 私なんかがしてもいいのかという疑問と、でもそれが彼の望みなのだという喜び。

 二つの気持ちに揺れた私だったが、私の目の前で動かずずっと待っているジルの姿を見て意を決した。

「し、します! おやすみなさ――、んッ!」

 ギュッと目を瞑り、緊張しながら彼の頬目掛けて顔を近付けた私の唇に触れたのは、ふにゅりと少ししっとりとした何か。
 そしてあの婚約お披露目の夜会でこっそり練習した時に覚えたあの感触だった。

「!!!」
「あ、気付いちゃった?」

 慌てて目を開いた先にあるのはジルの頬……ではなく、予想通り彼の真正面の顔。
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