花冠の聖女は王子に愛を歌う
(どうして私は《花冠の聖女》じゃないの。女神様。先ほど私は愚かにも自分を卑下し、聖女の器ではないと否定してしまいましたが、どうか私の過ちをお許しください。お願いします。私に《光の花》の紋章をください。私にイスカ様を救う力をお与えください)
 溢れた涙が頬を伝う。
 叶うことならイスカを抱き返したいが、自分にその資格はない。
 イスカの力になれない自分には。もうすぐ置き去りにされる自分には。

「なあリナリア、子守唄を歌ってくれないか」
 やがて抱擁を解いたイスカはリナリアの顔を見るなり苦笑した。
 指先でリナリアの頬を拭い、甘えるような声音で言う。

「子守唄、というと……王都の宿で歌った曲でしょうか」
 袖口で涙を拭い、滲んだ視界を矯正してからイスカを見上げる。

「ああ。お前と知り合って一年、色んな曲を聞いてきたが、あの歌は凄く良かった。不思議とぐっすり眠れたしな。魔物に姿を変えられてから安眠できたのは初めてで、自分でも驚いたんだ」
「では……」
 リナリアは立ち上がり、歌い始めた。
 目を閉じたイスカの美しい顔を見下ろしながら考える。

(あのときはただただ、アルルの――イスカ様のために歌ったのよね。安らかな気持ちで眠って欲しいという願いを込めて。願い……心……)

 ――一つ助言をしてあげよう。歌はあくまで手段であり媒体に過ぎない。いつだって奇跡を起こすのは人の強い願い。つまり、大事なのは心だ。

《予言の聖女》だったらしいカミラの――いや、イレーネの言葉を思い出す。

《花冠の聖女》が力を発現する源は歌ではなく、聖女自身の心だというのならば。
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