花冠の聖女は王子に愛を歌う
「あのとき全員に振る舞われたハーブティーの中で、私のカップだけに混ぜられていたのは、恐らく一時的に声が出せなくなる魔法薬の類だと思う。まさかメイドを買収するような人がいるとは思わなかった。一次審査のときにね、ウィルフレッド様が私の歌を褒めてくださったみたいなの。審査員を務めていた大臣にそう聞いたときはすごく嬉しかったわ。ウィルフレッド様がご覧になられていた二次審査の舞台の上で歌えなかったのは悔しかったし、いまでも心残りだけれど……でも、これで良かったのかもしれない。王子妃候補者の中には目的のためなら手段を選ばない人間がいるってわかったもの。もし最終審査まで進んでいたら……次は殺されていたかもしれない」
 想像して身震いし、リナリアは腕を摩った。

「私はあんな怖い思いをしてまで王子妃になりたくない。王侯貴族を前に歌うのってすごく緊張したし。こうしてアルル相手に歌っているほうがよっぽど気が楽だわ」
 微笑むと、アルルは左右を見回した。

「どうしたの?」
 アルルは大きな岩の近くまで走り、岩の傍に生えていた白い花を小さな手でぶちぶち引っこ抜いた。

 根っこがついたままの白い花を咥えて戻ってきたアルルは再び二本足で立ち、両前足で花を挟んで差し出してきた。

 きょとんとしてアルルを見つめる。

「……たとえ王子妃になれなかったとしても。私が一番の歌姫だ、とでも言いたいの?」
 それはもちろん冗談のつもりだったのだが。

 アルルはその通りだといわんばかりに、こくこくと首を縦に二度振った。

 さすがにこれには驚いた。
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