花冠の聖女は王子に愛を歌う
「大事な『兄』ですから。失っては生きていけないくらい、おれはあいつを愛しているんです」
「……そうか。それを聞いて安心した」
 テオドシウスはイスカの頭から手を離し、言った。

「ダリアはお前にも名をつけていた。アルカ。古代語で《宝物》という意味だ」
「アルカ……」
 わずかに目を見開き、どこか呆然とした様子でイスカは復唱した。

「ようやく真の名を伝えることができた。これからはそう名乗れ、アルカ」
 そう言って、テオドシウスはイスカに――アルカに背中を向けた。

「下がって良い」
「はい。失礼致します」
 もう一度頭を下げて、アルカは退室した。

 リナリアはアルカと廊下を歩きながら、一度だけ部屋を振り返った。
 閉まった扉の向こうで、テオドシウスは泣いていたりするのだろうか。
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