花冠の聖女は王子に愛を歌う
 王都の東南部、貧民街近くにある宿屋『赤獅子亭』。
 名前だけは立派だが、この宿は外も中も驚くほどボロボロだった。

 しかし、リナリアの財布事情は大変厳しい。
 子どもの小遣い程度の額しか持っていない状態で男爵邸を追い出されたリナリアは行く先々で働いて金を稼いだ。
 ときには旅芸人に混じって歌ったり、仕事を手伝う代わりに無料で宿に泊まらせてもらったりもした。

 可能な限り節約してきたつもりだが、その金も残り少ない。ミストロークの街まで行く馬車の乗車賃を考えるとギリギリだ。

 よって、リナリアは今晩の宿をここに決めた。

(雨風を凌げる屋根と壁があるだけで十分よね。贅沢は言っていられないわ)

「3番」
「ありがとうございます」
 客商売をしているとは思えないほどに不愛想な宿の主人に部屋の鍵を貰い、奥の階段へ向かう。
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