花冠の聖女は王子に愛を歌う
 ふと気づけば、リナリアは大きな大理石の浴槽に浸かっていた。

 浴槽に浸かっているのだから、当然、裸である。
 立ち上る湯気のせいで少々曇った広い浴室内にはユマがいた。

 ユマはリナリアの右腕を取り、泡のついた乾燥ヘチマで丁寧に優しく汚れを取り除いてくれている。

 一瞬、状況が掴めず混乱した。

 そういえば、エルザが言っていたような気がする。とりあえず王子云々は置いといて、汚いから入浴しろ、そのボロボロの服は捨ててしまえと――いや、もちろんエルザはこんな直接的な表現はしなかったが。

 あまりのショックで思考停止状態にあり、反応できなかったリナリアをユマは強制的に浴室へ連れて行った。

 そして現在に至る。

「………………あの」
「あら、リナリア様。意識が戻ったのですね。現実への帰還おめでとうございます」
 ユマは頭を下げ、ついでにお湯でリナリアの右腕についた泡を流した。

「ありがとうございます? いえ、そうではなくてですね。アルルがこの国の王子様だという話は本当なのでしょうか」

 温かいお湯の中に浸かっているというのに、リナリアの顔色は真っ青だった。

「一介のメイドに過ぎない私に詳しい事情はわかりませんが、真実でしょう。お嬢様は不敬な冗談を言われるようなお方ではございません」
 リナリアの左側に回り込み、ユマはリナリアの左腕を洗い始めた。

「…………。ここは現実ですか? 夢ではなくて?」
「残念ながら現実でございます。この通り」
 ユマはリナリアの左腕をぴしりと指で弾いてみせた。
 痛くはないが、軽い衝撃はちゃんと感じた。
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