花冠の聖女は王子に愛を歌う
「たとえお前が《花冠の聖女》でなくても。おれはお前に出会えて救われたんだ。魔物に姿を変えられ、絶望しながら夜の森をさまよっていたとき、おれは美しい歌声を聞いた。なんとか感動を伝えたくて花を贈ったら、お前は嬉しそうに笑ってくれたな。おれはその笑顔に魅了されたんだ。でも、お前とは一晩限りの出会いになるだろう。森は魔物の巣窟だ。危険を冒してまでおれに会いに来るわけがない。そう思って翌日の夜は一人寂しく月を見上げていたんだが、お前は予想に反してまた森に来た。おれにアルルと名付け、毎晩のように歌ってくれた。それがどれほど心の支えになったか、お前は知らないだろう。いつしかお前の歌が、お前という存在そのものが、おれの生きる希望になっていたんだ」
「え……」
 リナリアは頬が熱くなるのを感じた。
 自分の心臓が脈打つ音が聞こえる。

(でも。私も同じだわ)

 チェルミット男爵邸では辛いことが多かった。泣きたくなったのも一度や二度では無い。

 地獄の日々に耐えられたのはアルルがいたから。
 歌が上手くなればアルルが喜んでくれると思ったから。

 いつしかリナリアは顔も知らない王子の妃になるためではなく、森で待つ一匹の魔物のためにレッスンに励むようになっていたのだ。
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