サハラ砂漠でお茶を
第1章 さようなら

そういうこと


 夫婦でも恋人同士でもいいけれど、浮気されたとき、された側を「男(女)を見る目がなかった」とか言って(わら)うやつ、ほんとに何様なんだろうと思う。

 小学校で教わらなかった?
「悪い人は、人を警戒させずに悪いことをするために、最初はいい人みたいな顔して近づいてきますよ」って。

 あ、これは少し違うか。
 こんな言葉で小学生に教えを説くのは、変わり者として定評があった、私の小学3・4年生のときの担任の福山(ふくやま)先生くらいか。

 (だま)す人は、騙す意図をもって殊更いい顔して近づいてくるし、もしそういう意図がなくても、途中で気が変わったり、状況が変わったりすることはざらにある。
 これは人柄とは無関係に、そういうものだと思う。心なんて本人でも制御不能になる場合はあるものだ。

◇◇◇

 ちなみに、私を振ったばかりの男(見た目は誠実そう、とよく言われていた)は、別れ話のときにこう言っていた。

「俺も男なんだから、“そういうこと”だってあるんだよ…」

 ちなみに「そういう」には、「私の出張中、高校時代のモトカノと偶然居酒屋で会い、寂しさとムラムラからやっちゃった」が入る。
 私も一度や二度の浮気に目くじらは立てないつもりだったけれど、その(モトカノ)に「今、妊娠8週目」と打ち明けられ、「できたら堕胎(おろ)してほしい」とバカ正直に頼んだら「自殺する」と言われ、「だから結婚することにした」までつくと、男だから~とか言ってる場合ではないと思う。

 ええと、いま8週って言った?単純に言うと、丸々2カ月?
 私が出張に行ったのって、たしか4カ月前よね?
 面倒だから細かい説明は省くけど、妊娠週数の数え方をよく分かっていない人ですら、「ん?」と立ち止まる計算の合わなさではないか。
 彼女は受精や着床にものすごく時間を要する特異体質なの?

 という疑念(こと)をもっとストレートに「え?計算合わないんだけど?」と言ったら、「それがきっかけで、その…何度か…」と、情けない声で言いやがった。

 私の悪いところは、こういうとき、すぐ引いてしまうところかもしれない。
 昔からだけど、何かトラブルが発生したとき、それ以上こじれてそれ以上面倒になるのが嫌で、「しゃーない、ここで手打ちにしよう」と、貧乏くじを積極的に引いてしまうのだ。
 PTAとか町内会とかの役員決めで、立候補も他薦も出ないような膠着(こうちゃく)状態のとき、とりあえず「それを打破したい」というだけの理由で手挙げるタイプになりそう。あー、やだやだ。

 人の男を寝取って妊娠して、「責任取れ~。死ぬぞ~」と言うような女が、もちろん憎くないわけではないのだが、彼女にも彼女の事情があるだろうとか考えると、妊娠していない私の方が痛手は少ないわなあと考えてしまう。何しろ会ったこともない人だし。

「…分かったよ。あなたの私物は着払いで送るから、もう二度とウチに来ないでね」

 彼はきっと、私がもっとゴネると思ったのだろう。「え、それだけ?俺たち、何年付き合ったと…」と、戸惑いがちに言った。

 6年付き合っていて、彼は一体私の何を見ていたんだろう。
 私は6年前も今も、こういう人間だよ。

「これ以上何言ってほしいの?さようなら」
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