サハラ砂漠でお茶を
第7章 分岐の夜
分岐の夜
そして、「何の話ですか?手短にお願いできますか?」と、できるだけよそよそしく質問し、「俺の子じゃないかも」発言へとつながる。
「え…?」
「俺に全然似てないし、かわいいと思えない」
「…」
「それこの間、そういうドラマ見ちゃって」
「ドラマ?」
それはある女性が、なかなか子供ができないことを姑に責められ、血液型が同じ浮気相手との間に子供を作ろうとする話だったらしい。
浮気の可否はともかく(可の人もゼロじゃないだろうから)、血液型同じったって、例えば同じA型でもAAとAOがあるから、旦那がAA、浮気相手がAOだった場合、女性の血液型によっては、あり得ないO型が生まれる可能性もあるし、俄然面倒くさくなるが「シスAB」って例もある。
この人は生物の時間寝てたのかしら?とか、ツッコミどころの多い話だが、まあそういう雑な方法で女性は妊娠した。何か悲劇的な結末だったらしいけど、長くなりそうだし興味もないので「とにかく、そういう話があったのね?」で強制終了させた。
「で、それがあなたの子と何か関係あるの?」
「女房が――途中でわざとらしく『(赤ちゃん)寝てる間にアタシお風呂入ってくる。泣いたらお世話頼むね』って言ったんだ」
これは…(は?)の五乗ぐらいの不可解さだ。
「それがなんなの?」
「女房はドラマが大好きなんだ。途中まで見て風呂に入るなんて不自然じゃない?」
「いや…」
状況からして、赤ちゃんが寝ているすきにお風呂に入りたかっただけではないだろうか。額面通り受け取っても問題のなさそうな発言だと思う。
あとはドラマが退屈とか、好みじゃなかったとかで、どうでもよくなったとか。
「それ以来、全てが疑わしく見えてさ…」
どっちにしても、だ。もし萱間の子じゃなかったとして、今さら私に何の関係があるんだろう。変装までして後を付けて、どうかしてるでしょ。
「親子鑑定ってのがあってさ」
「うん、あるらしいね」
「頼んでみようかなと思って。金はかなりかかるらしいけど」
「…なんで?」
「それでもし俺の子じゃないって分かったら――やり直さないか?」
「はあっ?」
「だって、だったらこの結婚自体が間違いだったんだから」
「!!」
「俺は本当は君と別れたくなんかなかった。でも(自殺するって)脅されて結婚したんだよ。君はあっさり別れに同意しちゃうし、正直寂しかった…」
私は萱間が全部言い終わる前に、コップの水を萱間めがけてかけていた。
「なに…これ?」
萱間はあっけに取られて言った。
私はひと呼吸置いた。
「分かった。こういうとき言うんだね、『おととい来やがれ』ってセリフ!」
「え…?」
「もうあんたの顔なんか二度と見たくない。またこんなことしたら、遠慮なくあんたの奥さんに言うから!警察にも通報するよ!」
「あ、あ…」
萱間は無言で逃げるように去っていった。
◇◇◇
『君のひたむきな目が好きだ』
『このミートソース、サイコー!毎日だって食えそう』
『次の誕生日には君の誕生石買ってあげる。指輪とネックレス、どっちがいい?』
萱間があれこれと言った「ちょっといいセリフ」を思い出しても、不愉快さしか催さない。
そういやネックレス買ってもらったなあ。
あれが萱間からの最後のプレゼントだった。
モノには罪はないと思って持っていたけれど、もう捨てちゃおかな。
サイアクだ…。
あんな不愉快な男に、こんな不愉快な思いをさせられただけでも不愉快なのに、それを創さんに見られてしまった。
小さなお店だし、話もある程度聞こえたろう。
「ミヨシちゃん、大丈夫?」
幸いほかに客はいなかった。
創さんが布巾を持ってテーブルを拭きにきたのを見て、さすがの私も崩れた。
「ごめ…ん…なさい…みっともないとこ…」
「いや、その…」
創さんはテーブルを拭く前に、私をぎゅっと抱きしめた。
多分、泣いている小さな娘ちゃんをなだめるくらいの感覚だったんだろう。
大人の彼が、痴話げんか?で泣いている小娘を「どーどー」ってね。
小娘って年でもないけれど。
それにしても、何も言わないで「ぎゅっ」されるのはきつい。私が何か言わなきゃ、この空気を打破できない。
「あの…」
「ん?」
「怖いです…」
「怖い?」
「あいつ…また来たらどうしよう…」
今日のことで分かったけれど、私はかなり萱間になめられているようだ。
「今晩だけでいいんです。私と一緒にいてくれませんか?」