サハラ砂漠でお茶を

【番外編】理美の純情


 佐原(さはら)(はじめ)の前妻・朝倉(あさくら)理美(さとみ)の一人称語りです。

◇◇◇

 佐原創は大きな体と強面が特徴的で、そのルックスだけでも目立つ男子だった。
 私たちは、青林大学附属の小学校から何となく顔見知り、家も比較的近かったから、幼馴染と言えなくもない間柄だったけれど、そんなに甘酸っぱいものを共有していたわけではない。ただ、仲は悪くなかった。

 佐原は勉強もスポーツも人並み以上のスペックを持っていたけれど、どこまでもマイペースで、何かに熱くなっている様子を見たことがない。
 かといって、何かに一生懸命な人をバカにするような行儀の悪いことは、もちろんしない。
 私が中学生ぐらいの頃に得たボキャブラリーでいうと、「飄々とした」人物だった。

 年齢が長ずるにつれ、学年が上がるにつれ、彼に異性としての魅力を感じる女子が増えているのが目に見えて分かったし、「私、彼にチョコレート渡したいんだけど…」「手紙出してみようかな…」という声が聞かれるようになって、比較的仲がいいと思われていた私に、橋渡し要請などもされるようになった。

 個人的には、好きな人に思いを打ち明けるとき第三者を挟む意味が分からなかったんだけど、今なら分かる。
 あれって「牽制」のつもりもあるんだろう。

 その証拠に、みんな「吉田(私の当時の姓)さんって、佐原君と付き合ってるの?」と聞いてから頼んでくるんだもの。
 私は当然、「違うよ」「付き合ってないよ」と答えるが、そうすると、「ああ、よかった。じゃ…」と、仲を取り持ってほしい的なことを言ってくる。
 
 しかしこれ、実はタチ悪いよね。

「次の休みって暇?」
「うん」
「よかった!じゃ、〇〇手伝って(〇〇には引っ越しとか宿題とか、適当に面倒なことを入れてください)」

 これと構造一緒じゃない?

 暇でもそういう用事ならカンベンってなるのが割と普通だし、付き合っていないからって、相手が誰だろうがキューピッドになりたいとは思わない。
 気心の知れた友達とかならともかく、ろくに口利いたことない子に言われてもねえ…。
 ここに「佐原君って一度も口利いたことないから、不安で…」まで付くと、それで何で好きとか付き合ってとか言うのか、本当に意味が分からない。

 まあ要するに、佐原はモテる男だった。
 そして、そういう告白やアプローチのたぐいは全て退け、「お前モテるのに、何で誰とも付き合わないの?」と疑問半分、やっかみ半分で男子たちから絡まれているのをよく見かけた。

◇◇◇

 高等部に入学すると、私と佐原が仲よさげに話しているからといって、特にいろいろ言ってくる子はあまりいなくなった。
 昔からの同級生なら、性別の関係ないマブダチ同士程度と分かっているし、高等部から入学した子たちでも、「佐原君と仲いいんだね」程度のことしか言わない。 少なくとも私と仲よくなるような子は、そんな子ばかりだった。

 その1人が桜田(さくらだ)真由(まゆ)だった。

 特に美少女というわけではないけれど、生真面目で温厚な性格がにじみ出たような顔つきで、ちょっと不器用だけれど、何でも一生懸命取り組む。
 ちょっとお人よしが玉にきずで、当然のようにしょっちゅう掃除当番などを押し付けられていた。
「埋め合わせに何かおごるよ」と言われても、そんなものは当然期待していなかったのだろう。「いいよ、どうせ暇だったし」と、けろっと言っていた。

 私学だと業者が入っているところも多いと聞くけれど、うちの学校では「情操教育の一環」と称して、清掃は生徒の役目になっていた。
 嫌なことは要領よく人に押し付けること、押し付ける相手を見定めることが情操教育の成果なら、アラアラって感じだけどね。

 見かねた私は言ってみた。
「たまにはとんでもなく高いご飯とかおごらせて、人に押し付けると高くつくって思い知らせた方がいいんじゃない?」
「そんな。みんな用事があって、私は暇なんだから、別にいいよ」

 用事って――とどのつまり「サボりたい」ってだけだったりするのが実態なのに。
 塾だ予備校だといっても、時間的に掃除当番で遅刻するってのが大体おかしいし、誰かと約束なら、少し時間をずらせばいいのに。

 こんなふうに言っても、「みんなもいつも押し付けるわけじゃないもの。たまにはサボりたいんじゃない?」と来る。

 ああ、この子はこういう子なんだなと、いろいろ「助言する」のはやめ、代わりに、彼女の(押し付けられた)掃除当番が終わるまで図書館で待っていたりして、「理美ちゃん、私に合わせないで先に帰ってもよかったのに。ひょっとしてお人よし?」なんて言われる始末だった。

◇◇◇

 そんな真由は、とてもとても率直に「佐原君ってかっこいいし、いい人だね」と私に言ったが、「紹介して」「取り持って」とは一言も言わなかった。

 このときの真由が何を考えていたのか、私には分からない。

 パターン1
「私みたいな地味子が付き合いたいとか、おこがましい…」という自虐型

 パターン2
「佐原君と仲のいい女子と仲よくしているなんて、取り持ってもらいたいがための下地作りと思われるんでは…」という取り越し苦労及び自重型。

 パターン3
「かっこいいとは言ったが、別に付き合いたいとかではない」

 心のどこかで「3」を期待していたが(面倒くさいから)、結果的に私は佐原と真由の間を取り持った。
 なぜならば、ほかならぬ佐原が真由に対して、今までの女子とは明らかに違う反応を示したからだ。

「ひょっとして好きなの?」
「好きっていうか…いい子だよね。あんまり口利いたことないけど、それは分かる」
「ん…それは保証する。心配になるくらい良い子だよ」

 最初は、私と真由が遊びにいくときに意識的に佐原も誘ったりして、3人で友達付き合いをしていたが、佐原が真由に堂々と愛を告白をし、真由もそれを受け入れた。
 私は2人とも大好きだったから、その恋の成就を祝福したけれど、その夜は夕飯も食べずにベッドの中で泣いた。

 佐原のことは「いい友達」だと思っていた――思い込んでいた。
 私は佐原のことが好きだったんだと、そのとき初めて気付いてしまったのだ。

◇◇◇

 3年に進級する直前で、真由のお父さんが事業に失敗し、ご両親が離婚した。
 私たちは3人とも、地元の国立大を志望していたけれど、真由はお母さんについていくため、瀬瑞を離れた。
 せめて大学で一緒になれればと思っていたら、「どうかな…大学に行くゆとりはないかも。ま、それなりに頑張るよ」
 私はその意味を深く考えずに聞いたけれど、今にして思うと、大学どころか、高校も転校ではなく「青林大附属高校中退」のままで終わってしまったのかもしれない。

▽▽

「引っ越し先で落ち着いたら、手紙を書くね」と一言だけ残して、住所も電話番号も告げず、真由は引っ越していった。

 私はその頃、佐原の今までにない様子をかぎ取って、「ひょっとして、真由とお別れのC(セックス)とかしちゃった?」とからかい半分に言っていた。

「…何でわかったんだ?」
「え…あ…なんかごめん…」
「思いつめた顔で「抱いてほしい」って言われて…」
「そか…うん。本当ごめん…」

 その後は何も言わず、ただ静かに泣いていたので、私はただただ黙って見ていた。
 場所は学校近くの小さな児童公園。私たちは、巡回中のおまわりさんに声をかけられるまで、ずっと50センチの距離を置いてベンチに座っていた。

 真由のご家庭は、多分かなりしっちゃかめっちゃかになっていて、それを親友や彼氏に知られるのが恥ずかしくて――というより「巻き込むのが嫌で」意識的に距離を取ったのではと、後になって思った。

◇◇◇

 私と佐原は同じ大学の別々の学部に進んだが、何となく友人付き合いを続け、ほぼ流れで男と女の関係になり、就職してから数年後、結婚した。
 要するに私たちは、ほぼほかの異性というものを知らない状態で結ばれてしまったことになる。
(まあ、佐原の女性関係をぜんぶ正確に把握していたわけではないけれど)

 佐原の中には、まだ大好きだった真由が住んでいるのかもしれないが、それを気にしても仕方がない。少なくとも「彼女改め妻」は私である。
 お互いへのヤキモチも、控え目ながら少しはあった。
 それでも友達付き合いの延長のように、淡々と平和に暮らしていたけれど、私の方が別の男性に目を奪われてしまった。

 佐原のことが嫌いになったのではない。たまたま仕事で知り合った二つ年下の芳郎(よしろう)に恋をして、うっかり「思いを通わせて」しまった。そのとき、佐原との間に生まれた「れいら」はまだ1歳だった。

 佐原は「そうか――そういう気持ちって、自分でもどうしようもないもんな。分かったよ」と言って、離婚にあっさり応じた。

 私は彼にこう言われて、弁明も反論もする資格はない。それどころか、どんな感情も持つべきではないと思っていたのだが、気付けばこう怒鳴っていた。

「あなた結局、真由のことがずっと忘れられないんでしょ?」

 あのときの佐原の、報われない、悲しい表情は今でも忘れられない。

「ねえ、どうして「違う」って言わないの? 認めるの?」

(黙れ私)と思いながら、どうしても制止できない。10年以上くすぶっていた思いが盛り返して、自分でも制御不能になっていたのだろう。

「…朝倉君と幸せになってくれ」

 結局、佐原はそれだけ言って、私から顔をそむけた。

◇◇◇

 私からの慰謝料を断った佐原は、その代わりに私の両親が持っていた店舗付き住宅を借りられるよう口を利いてくれと言った。
 離婚の経緯が経緯なので、両親は佐原に賃料は要らないと言ったが、「ビジネスですから、受け取ってください」で通したらしい。

 離婚して既に3年も経っているし、佐原はもともと本心の読めない男だった。
 某ブリティッシュロックバンドのフロントマンみたいにいかつい顔をしているくせに、大きな声もあげず、けんからしいけんかはしたことがない。
 彼が今までの人生で「泣くほど別れを悲しんだ」、つまりは執着を見せたのは、後にも先にも桜田真由だけだったのかもしれない。
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