サハラ砂漠でお茶を
第10章 The Sweet Hereafter【終】
結ばれる 愛される
いい年した2人が出会って「そういう関係」になるまでは、割と駆け足だったりすることが多い。
まあ老い先(生い先ではなくて)短いからね。
いろいろチャッチャとやっていかないと、手遅れになる可能性だってある。
◇◇◇
「Sahara」の2階は、創さんの居住空間。
時々れいらちゃんも泊まりにくるらしく、バスルームその他に「それっぽい」小物や備品がある。
そうなんだ。創さんの部屋でバ、バ、バスルームを借りてしまった(しかも日の高いうちに…)。
それも、私が何か口に上せようとするたび、「黙って」と言わんばかりに口づけをする創さんをやっとの思いで抑えて、「あの、シャワー…」と、自分から言ってしまったので、「浴びておいで」と言われる形だった。
脱衣所でバスタオルを羽織るようにして体を拭いていたら、特に断りなしに創さんが近づいてきて――まあ、ここは創さんちなんだから当然だけど――後ろから羽交い絞めにした後、「ベッドに入って待っていて」と言った。
創さんとは「初めて」ではないのに、初めてのとき以上にときめいた。
創さんが私を――あのしょーもない男に捨てられたようなお粗末なこの私を「欲しい」のだと、あらゆるしぐさと言葉で伝えてきている。
幸い今まで自ら死のうと積極的に思ったことはないけれど、「生きていて本当によかった」と思えた。
◇◇◇
彼の顔を見るのが照れくさくて、ベッドの中で彼に背中を向けたままだったけれど、「私は――初めて会ったときから好きでした…」と告白できた。
「俺も最初から、感じのいい子だなって思っていたよ。俺より大分若い子だろうってフィルターもあったからアレだったけど」
私は一目ぼれされるようなタマではない。それは自分が一番よく分かっている。
創さんの答えで十分報われた。
◇◇◇
創さんに腕枕されながら、いろんな話をした。
就職2年目で亡くした両親の思い出。
郷里の優しい祖父母や親戚とは、法事以外では会っていない。
専門学校時代の友達はみんな首都圏周辺で就職し、自然に疎遠になった。
仕事でお世話になっている山科さんのことは尊敬しているし大好きだけど、独特のマブダチ感を出されると、時々とってもくすぐったい。
勤めていた頃の友人知人は、退職した経緯が経緯だったので、何となく会いづらくなったが、それをあまり寂しいとも思っていなかった。
「だって大家さんも創さんも、みんな本当に良くしてくれたし」
「なるほどね。ミヨシにどこか世捨て人感があったのは、そういう理由だったか」
「私そんなふうに見えていたの?」
「自分のことをあまり話さないし、慎み深いなって」
「というか、人と深く関わるのが、どこか怖かったのかも」
そうか。今さら気付いたけど、私が萱間に対してグイグイ行っていたら、今のこの状況はなかったのかもしれない。
私はいつも逆境に逆らわず、順境に身を任せ、受け身そのものだったから。
「ミヨシのご親戚に会いたいな」
「え、うん…」
「こんなバツイチコブつきで悪いけど」
「私こそ――こんな私でいいの?本当に?」
「“そんな”ミヨシが、俺は欲しいんだ。わざわざ言わせるなよ…」
創さんが私の上に覆いかぶさり、私の顔の脇に伏せるように顔を埋めた。
え、照れてるの?かわいいな、おい。
◇◇◇
自宅に戻ると、山科さんから仕事関係の留守電が2本残っていたので、慌てて折り返した。
「あの…2回もすみません」
『あと30分待って連絡がなかったら、自分で行くか、ほかの人に回そうと思っていたの。よかったあ』
よくよく見ると、もう9時を過ぎていた。
まだ明るい時間から創さんと愛し合って、とろとろ眠って、一緒にご飯をつくって食べて…(以下略)そりゃ、こうなるか。
山科さんは、ひょっとしてイライラしていたかもしれないけれど、温かい口調でテキパキと指示を出し、私は速記現場の仕事をゲットした。
それを聞きながら、ファクスを買おうか、思い切って携帯電話を買おうか、少し考えた。
◇◇◇
ここに引っ越してくる少し前、どうにもできない自分の不遇にやるせなくなって、キレ散らかした(※下記注)ことがあったなあ。
そんなに昔のことでもないけれど、今となっては懐かしい。
なんだ。私って結構いろんな人に愛されてるじゃん。
***
※多分1990年代当時、こんな表現をされることはなかったと思いますが、これ以上ぴったりの言葉はない気がしたので、あえて使いました。