君が嘘に消えてしまう前に
「……」
やっぱり雨は止む気配がなくて、私は返す言葉に詰まって黙り込んだ。
気まずげに視線を地面に落とす私の横で、ごそごそと彼が鞄の中を探している音がする。
不思議に思って視線を横にスライドさせると、ちょうど瀬川くんが鞄の中から折り畳み傘を取り出すところだった。
「これ、よかったら使って。俺はもう一本持ってるから」
そう言って瀬川くんが差し出したのは、折り畳み傘じゃなくて彼が元々持っていた傘だ。
すっと差し出された傘の柄に、私は慌てて顔の前で両手を振った。
そんなの、私なんかにはあまりに恐れ多すぎる。
それに、普通は人に貸すなら折り畳み傘のほうじゃないんだろうか。
「…いや、悪いよ。そんなの」
「いいから。ほら、用事に遅れたら大変だし」
そういって彼は半ば強引に私の手に傘の柄を握らせた。
う、意外と押しが強い。
「…でも、」
やっぱり悪いから、と傘を突き返そうとすれば、それより早く折り畳み傘を開いた瀬川くんが土砂降りの雨の中に飛び出した後だった。
ちょっと待って、と言うより先に瀬川くんの言葉に阻まれる。
「じゃ、また明日」
そう言って軽く手を上げ、雨の中を瀬川くんは早足で駆けていく。
引き止める間も、お礼を言う間もなくその背中はすぐに遠ざかった。
色とりどりの傘の中に、その藍色の傘が紛れ去っていく。
そうしてついに見失って、その姿は完全に視界から消えた。
手の中には、瀬川くんが貸してくれた大きな傘だけが残されている。
…どうしよう。
使おうかどうかちょっとだけ迷って、遠慮がちにその傘を開いた。
ばっ、と音を立てて広がった傘は想像以上に大きくて、夜空みたいな紺色に私の視界はすっぽりと覆われる。
そのまま意を決して雨の中に一歩踏み出した。
ぱしゃりと足元で水が跳ねて靴下にかかる。
身長の高い瀬川くんの大きな傘は、平均的な身長しかない私には大きすぎて、きっと傍から見たら凄いちぐはぐな組み合わせなんだろう。
そんな事を考えると、妙に他人からの視線が気になって、ちらちらと見られている気がする。
どことなく居心地の悪さを感じて、私は駅までの道を早足で急いだ。