君が嘘に消えてしまう前に



「…ただいま」


そろりとドアを開けていつものようにそう呟くけど、おかえりなんて言葉が返された覚えはない。

この家に、私の居場所なんてないから。

なるべくお母さんと顔を合わせたくなくて、リビングダイニングには顔を出さず、気配を消して二階の自室に篭ろうと階段に足をかけた。


「菜乃花、帰ってたの」


突然背後から聞こえたのは、温度のない低い声。

すっと背筋が凍って、心臓が忙しなく早鐘を打った。

お母さんが冷めきった表情をしていることは振り返る前からわかっていた。


その声を聞いた途端に、私は呪縛されたみたいにその場から動けなくなる。

首から上だけが不可抗力かのようにゆっくりと後ろを確認する。


「…うん、今帰ったところ」


さび付いたロボットのようにぎこちない動きで振り返り、ぽそりと消え入るような声でそう言葉を紡ぐ。

お母さんに鉢合わせたら、私はもう彼女の許可が下りるまでその場から動けない。

金縛りにあったみたいに、身体が言うことを聞かなくなる。

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