君が嘘に消えてしまう前に

「全く…どうして帰宅部なのにこんなに帰るのが遅いのよ。お姉ちゃんは大学から帰ってすぐに勉強してるって言うのに、これだから菜乃花は…」

トトトトっと母の小言が私を通り過ぎていく。

聞き慣れた優秀な姉との比較には、もう大して心が痛まなかった。


もしくは痛いことに気づけないほど感覚が麻痺してるのかもな、なんてそんなことを考える。


お母さんの頭の中には、今日がピアノのレッスンの日だってことなんてこれっぽっちもない。
そのくらい、私に興味がない。


「ちょっと!ちゃんと話聞いてるの!?」

「…聞いてるよ、ごめん、課題が終わってないから上がってもいい…?」


なんとか早く切り上げようと控えめに尋ねる。

「はぁ、課題も終わってないの?もういいわ、早くやりなさい」


お母さんは呆れたようにそう言ってシッシ、と私を手で追い払う仕草をした。
お母さんの気が変わらないうちにと、私はそそくさと階段を上る。


よかった。今日は機嫌のいい日だった。

機嫌が悪いと、そのまま小言を浴びせ続けられることもあるけど今日はそうじゃないらしい。


ばたん、と自室の扉を閉めると、緊張の糸が切れてその場に力なく座り込む。
趣味も何もない、殺風景な私の部屋。

机の上や周辺に参考書や問題集が積まれているところを除けば、まるで生活感がなくてむなしい。

あーもう、このままベッドに沈み込みたい。
けど。


「勉強、しなきゃ…」


私にはこれしかないから。

勉強だけが、試験の点だけが、模試の順位だけが私の価値を保証してくれるから。

だから、勉強だけは続けないといけない。
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