君が嘘に消えてしまう前に

憂鬱な合唱祭



前に立つクラス委員の村下さんが「静かにしてー!」と声を張り上げても、誰も口を閉じはしない。
隣では同じくクラス委員の瀬川くんが、整った字で黒板に役割を書き込んでいる。

今年も、もう合唱祭の季節か…

騒ぐクラスメートの様子を一歩引いたところから眺めた後、私は窓の外に視線を投げた。早く終わらないかな、なんて無責任なことを思いながら。

去年の合唱祭がありありと思い出されて、

はぁ、と気づかれないように溜息をこぼし、湿気を含んで重い空を見上げる。


どうしてこんなに教室が騒がしいかと言うと、新クラスになって初めての行事、合唱祭の役割分担の真っ最中だからだ。

合唱祭というのは、毎年六月の終わりに行われる湊高校の伝統行事だ。
各クラスそれぞれ違った合唱曲を選んで、生徒の指揮と伴奏で発表がおこなわれる。


主な役割としては、指揮者に責任者にパートリーダー、…そして伴奏者。
今週木曜までには決めなくてはいけないから、こうしてホームルームの時間を使ってクラス委員を中心に決める…予定だったんだけど。


(誰も前に立つ村下さんの声に、耳を貸してないんだよなぁ...)


真面目で控えめなタイプの彼女は眉を下げて俯いた。
自分が騒いでるわけじゃなくても、何となく申し訳ない気がしてくる。

周りと騒ぎあったところでリーダーが決まる訳じゃないし…私としてはさっさと終わってほしいところだ。


「悪いんだけど、一旦話止めてくれないか?」


煩い教室にもよく通るハスキーボイス。

黒板を軽く叩いてそう呼びかける声は特別大きくもないのに、途端にざわめきが引いていく。
みんなが話をやめて、黒板の方向に向き直る。
視界の端で、村下さんがほっと息をついたのが分かった。


「取り敢えず、今週木曜までにこれだけ決めなきゃいけないんだけど。立候補とか推薦とかない?」


一瞬で教室中の注目を集めることに成功した瀬川くんは、滑らかな笑みを浮かべて教室をぐるっと見回した。


その視線が次々にクラスメートの表情を捉えて、…一瞬目があった気がした。

次の瞬間にはその視線は隣に滑っていて、私は胸をなでおろす。


…大丈夫、私には関係ない。

そんな責任の重いことを引き受けるなんて私には無理だ。
それに、…もう、去年みたいな思いはしたくない。
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