君が嘘に消えてしまう前に
「ははっ、一人で三役も出来るわけないだろ」
押し寄せる声の中、瀬川くんはそう笑い声を滲ませて言った。
冗談はよせよ、ってくらいの、軽い口調で。
それでも私の目には、その笑みが酷く歪んで見えたというか、引きつって見えたというか…苦しそうに見えた。
「んーじゃあやっぱ伴奏者!ほら、皆んなも瀬川のピアノ聴きたいだろ!?」
そう言って後ろを振り返ったクラスメートの言葉に、拍手が巻き起こる。
賛同一色のクラスの中で、そんなのっておかしいと思ってるのは私だけなのかな。
おかしいのは、一人拍手をしていない私の方なんだろうか。
閉じられた空間での同調圧力っていうのは、本当に恐ろしい。
有無を言わさぬ雰囲気がぶわりと教室中を包み込んで、個人個人に押し寄せる。
そこに反対なんて選択肢はハナから存在しない。
…相手が瀬川だから仄暗い雰囲気にならないだけで、対象が違ったらいじめと捉えられても仕方ないんじゃないの。
こういうのを見ると、人間関係ってなんて煩わしいんだろうと思わずにはいられない。
響く拍手が、耳に痛くて不快だった。
「…まぁ、週末まで出なかったら、な。その時は俺も何かやるから」
観念したようにそう締めくくる瀬川くんの笑みは、明らかに疲労感が滲んでいる。
…いつにも増して不恰好な作り笑いに、胸騒ぎがした。
「よっしゃー!マジ、さすが瀬川だわ!」
頼りになるわ!とガッツポーズをするクラスメートは、きっと悪いことをしたなんて…押し付けたなんて自覚ないんだろうな。
あるとしたら、あんなに真っさらに取り繕いなく笑えるはずない。
きっと彼のあれは、無自覚の良かれと思っての行動なんだろう。
それがやられた側にとってどれほどの重圧かなんて、想像もしてないのだ。
「じゃあ、立候補とか推薦あったら俺か村下さんに言って。今週の金曜までに出なかったら、月曜の朝のホームルームで話し合いってことで」
瀬川くんのそんな一言で、ホームルームは締めくくられた。
チャイムが鳴って、みんないそいそと鞄の準備をし部活へ急ぐ。
部活のない私だけは、やけにのんびりと席についたままだった。
…何となくだけど、きっと誰も出ないんだろうなと他人事のように思った。