君が嘘に消えてしまう前に



ホームルームが終わると、いつものごとくクラスメートたちは忙しそうに席を立ちだした。

ホームルームが終わって担任が出て行った後の教室は、部活動の準備をする生徒たちの声で包まれている。

いかにもきらきらした高校生、という雰囲気に居心地の悪さを感じずにはいられない。


慌ただしく荷物をまとめ教室から出ていくクラスメートたちとは対照的に、帰宅部の私にだけはやけにのんびりとした時間が流れていた。

ほとんどのクラスメートが部活に行ったり下校して行く様子を私は一人、教室の窓から眺めていた。

放課後の教室は好きだ。
昼間の喧騒が嘘みたいに静まり返っていて、流れる空気がまるで違うから。

窓から差し込む夕日が、柔らかいオレンジ色の光で教室全体を包んでいる。
机も、椅子も、黒板も、全てが優しい色に照らされていて信じられないくらい穏やかな、一人きりの教室。

私にとっては唯一張り詰めた緊張感から逃れられる場所だった。

人目を気にすることもないし、比べられることも憐れまれることもない。
気が休まる時が一人の時だなんて、他人から見たらちょっと虚しいのかも知れない。


…でも、それでも良かった。
学校にも家にも居場所がない私が、ここでは唯一自由だった。居場所とまでは言えない儚いものだけど、数少ない心休まる時間だ。


鞄の中から教科書を取り出して、今日受けた範囲を軽く見直す。

部活にも入ってない私は、放課後たいていこうして復習や予習をして過ごす。

誰にも邪魔されない空間ですると意外と頭に入ってくるもので。
家では母親の小言がうるさいから、なるべくギリギリまで居座っている。

いつものようにノートを開き、下敷きを敷く。
筆箱からよく使うペンを取り出して机の上に広げ、ノートの端に今日の日付と曜日を書き込む。
最後に問題集の今日習ったページを開こうとして、ふと図書室で借りていた本の返却期限が今日だったことを思い出した。

今から図書室に行くか帰るときに返すか一瞬迷って、結局問題集を閉じて席を立つことに決める。
机の中から読みかけの本を含む数冊を取り出して、片手で持って教室を出る。

読み終わった二冊は返却しないといけないし、まだ読めていない本はカウンターで延長手続きをしないと。

そういえば最近新しい本が入ったらしいから、できたらそれも借りたい。

図書室でやることを反芻しながら、階段を降りて二階に向かう。


人通りのまばらな廊下では、やけに自分の足音が大きく聞こえて、なんだか孤独だった。
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