君が嘘に消えてしまう前に


図書室までもう角を曲がればすぐ、と言うところで、こちらに向かって近づいてくる声が聞こえた。
それに気づいて、ほとんど反射的にと言っていいくらい急に私の足は動きを止める。


「今日のホームルームのあれ、お前は大丈夫だと思う?」

「あー、あの瀬川のピアノの話?何、なんか問題でもあるの?」


どことなく聞き覚えのある声だと顔を確認すると、名前もうろ覚えなクラスメートの男子二人がこちらに歩いてくるところだった。
薄っすらと耳に届く会話の内容は、どうやら今日のホームルームのことらしい。


「本人に聞いたわけじゃないけど、あいつがピアノ習ってたのって小学生までらしいんだよ。…亮太はそれ知ってて言ったのか分かんないけど」

「え、それってまずくね?四年以上習ってなくて弾けるものか?」

「分かんないけど…まぁ、あの瀬川誠だからな、多分大丈夫だろ」


無責任な言葉に、無責任な押し付け。
安易に吐かれた「大丈夫」の言葉に、一年前を思い出して吐き気がした。

大丈夫、なんて軽々しく他人が言っていい言葉じゃないのに。


でも、私だって同じだ。
多数派に恐れをなし、あの場で反論しなかった時点で私も彼らと同罪。

顔を下げたまま彼らとすれ違った後、少しだけ重苦しい気分を抱えながらも、それを振り払うように私は図書室に入った。
階段で順序立てた通りに本を返し、延長手続きをする。
なんとなく教室に帰る気にはなれなくて、特にあてもなく本の背表紙を眺めた。

多少興味を引くタイトルの本を手に取り、テーブルに椅子が四脚並べてある読書スペースに座る。


どのくらい経っただろう。
ふいに誰かが正面に立つ気配がして、ちらりと視線を本からあげた。

「…読書中邪魔して悪いんだけど、ちょっといい?」


そう少し息を切らして椅子に腰を下ろしたのは、瀬川くんだった。

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