君が嘘に消えてしまう前に
なんでここに、なんでわざわざ私に声をかけるの。
そう喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
代わりに最小限の言葉を小さな声で返した。
「…何?」
「…っと、その、」
彼の言葉にしては珍しく歯切れが悪い。
その表情と合わない視線から彼の切り出そうとしている内容がなんとなくわかってしまって、この場から逃げ出したかった。
瀬川くんは数秒間視線を彷徨わせた後、覚悟を決めたように口を一度引きむすんだ。
彼の茶色がかった瞳の中に、居心地悪そうにしている私の姿が映っている。そこで初めて目が合っていることに気がつく。
「本当に申し訳ないんだけど、合唱祭の伴奏を引き受けてもらえないか…?」
言葉通りに心底申し訳なさそうな顔をした瀬川くんに、やっぱりなと内心思う。
それくらいしか、彼が私に声をかける理由は思い当たらなかったから大して驚きもしない。
それどころか、理由がはっきりして逆に安心さえ感じる。
「…それで私のこと探してたの?」
「ああ、職員室に呼ばれた後すぐ教室に戻ったんだけど、カバンも筆箱もあるのに篠宮さんがいなかったから」
自分でもびっくりするくらい感情のない声だったのに、瀬川くんは気を悪くした様子もなく問いかけに答えてくれる。
なのに私は、…そう、と小さく呟いて彼から目を逸らした。
感じが悪い態度をとっている自覚はある。そのせいでみんなから一線を引かれている事も、ちゃんとわかってる。
それでも、反射的に心を閉ざして人と距離を取ろうとしてしまう癖はどうしようもなかった。
ひとりぼっちでいることよりも、歩み寄って人と関わって、その後で拒絶されることの方がよっぽど恐ろしい。
それなら最初から壁をつくってしまえば、無駄に傷つけられなくて済む。
この一年間、そうやって生きてきてやっと心の平穏を手に入れたのに。
クラスの行事に関わったら、…しかも合唱祭の伴奏なんてやったら「また」あの頃みたいになってしまうかもしれない。
むりだ、そんなの。あんな思いをまたするなんて。
考えただけで心臓がギュッと見えない手につかまれたようにバクバクと嫌な音をたてる。
私が伴奏をやったって、きっと何一ついい方向にことが運ぶことはない。
私の伴奏は誰からも望まれない。
だって私は、自分よがりな人間だから。
さっき教室で瀬川くんに押し付けるクラスメートを見ておかしいって思ったはずなのに、今だって自分が傷つかなくていい道を選ぼうとしてる。
意気地なしで、どうしようもなく自分勝手。