君が嘘に消えてしまう前に
『あんな独りよがりな演奏じゃ、合わせられるわけないじゃん』
『自分の演奏に酔ってるよね』
誰かに言われた言葉が、ふと蘇った。
それも一つや二つじゃなくて、入れ替わり立ち替わり浮かんでは、消えて忘れようとしている記憶を思い出させてくる。
いやだ、あんな言葉を吐かれるのも、あんな疎ましそうな目で見られるのも。
気づいたら机の上の自分の手が小刻みに震えていて、慌てて強く拳を握った。
――瀬川くんに、見られてしまったかもしれない。
何か言わなきゃ、と思うのにこういう時に限って何も言葉が出てこない。
黙り込んだ私を瀬川くんが急かそうとすることはなかったけど、私はもうこの気まずい沈黙に耐えられそうも無かった。
――沈黙から、おそらく十数秒後。
「無理言ってごめん、忘れて」
先に沈黙を破ったのは、瀬川くんの方だった。
見間違えかと思うくらいの一瞬の間苦い顔をした後、彼はいつもの笑顔をうかべ、この前傘を貸してくれた時と違って拍子抜けするくらいあっさりとそう言った。
やけにあっさりと引き下がる瀬川くんに、ふと違和感を感じる。
だって彼は、息を切らしてまで私を探していたはずなのに。
それって、わざわざクラスで一線を引いている私に声をかけるほど、他に候補がいなかったからじゃないのだろうか。
断られて思わず表情を歪めてしまうくらい、追い詰められていたんじゃないの。
「読書中に邪魔してごめんね、じゃあ」
席を立ち背を向けた瀬川くんに視線を投げる。
優等生の仮面をかぶり直した彼の本心は、...もう見えなかった。