君が嘘に消えてしまう前に
放課後の北校舎には不思議なまでに人の気配が全くない。
少しよどんだ空気が流れるここを大抵の生徒は嫌っているみたいだったけど、私にはむしろ落ち着く場所だ。
階段を上る音がコツコツと反響していて、なんだか別世界みたいだなあ、なんて小学生みたいな感想が浮かぶ。
そんな他愛もないことを思っていた時だった。
…私の耳に、かすかに何かの音が聞こえたのは。
「……空耳?」
うっすらと自分の足音とは別に音がした気がして、歩みを止めて耳をすます。
目を閉じて神経を耳に集中させれば、今度こそ間違いないと確信する。
「…これ、ピアノの音だ」
誰もいない廊下に、ぽそっと独り言が溢れて消えた。
何の曲かはまだ途切れ途切れにしか聞き取れなくて分からない。
でも、その音がどこからしているのかは、考えなくてもすぐ分かる。
北校舎で、唯一ピアノがある場所。
そんなの、今向かっている音楽室しかない。