君が嘘に消えてしまう前に
「…どうしたの、こんなところで」
ガララッ、と突然勢いよく目の前の扉が開いて、普段よりも低い声が頭の上から降ってきた。
ひゅっと喉がなって、心臓がうるさくなる。
足は嘘みたいに震え出して、まるで自分のものじゃないみたい。
びくり、と勝手に肩が跳ねて、不可抗力のように視線をあげた。
少し眉を顰めた瀬川くんの鋭い視線が、私を捉える。
唇は笑みをかたどっているけれど、目が笑ってない。
それだけで、この場からは逃げられないと瞬時に悟った。
私は、ただその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
目をそらすことも出来なくて、かと言って何を言ったらいいかもわからない。
あの演奏を聴いた後で、気軽に言えることなんてなかった。それも、伴奏の話を断った私に言えることなんてなおさら無い。
言葉が見つからずに黙っていれば、何故か不意に瀬川くんの目が見開かれる。
「…何で泣いてんの」
さっきまでと違う、困惑をにじませた声音にふっと空気が軽くなる。
泣いてる?私が?
え、と聞き返す私の声は湿っていて、ほおに触れれば雫が指先につく。
なんで、いつの間に。
「…っごめん、なんでだろ」
そう返した言葉さえ震えていて、拭った先からまた涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
拭っても拭っても、どうしてか全然止まってくれない。
だめだ、早く止めないと。
こんなの余計に瀬川くんを困らせるだけだ。
そう思うのにやっぱり涙は溢れてきて、何度もごめんと謝った。