君が嘘に消えてしまう前に
机から教科書を取り出し顔を上げると、瀬川くんはピアノに肩肘をつき、複雑な目をしてその鍵盤を見つめていた。
「…言わないんだな、何も」
てっきりこのままピアノを聴かれたことも、独り言を聞かれたことも無かったことにして終わるものだと思っていたのに。
瀬川くんの方から、その話題を振るなんて。
しかも、よりによってクラスで一番浮いてる私に。
彼の意図が、分からない。
「…それは、ピアノについて?……それとも、」
さっき私が耳にした言葉について、とは聞きにくくて言葉の最後を濁す。
言葉に詰まって俯く私に、瀬川くんが核心をつく質問を口にする。
「…ピアノもそうだけど…、他にも、聞いたんじゃないの?」
彼は気まずそうに視線を逸らして、苦い笑みを浮かべている。
…何も聞かなかった、と言う方がいいんだろうか。
瀬川くんにとって聞かれたくなかったのは明らかだし、私もこれ以上追及を受けたくない。
それなら聞かなかったふりをする方が、お互いにいいかもしれない。
でも、おそらく瀬川くんは私に聞こえてたと確信してる。
当たり前だ、そうじゃなきゃこんな風にわざわざ聞いたりしないだろう。
「……うん」
散々あれこれ考えて、出した答えだった。
もうどうにでもなれと思って、その一言を絞り出す。