君が嘘に消えてしまう前に
それに今だって、伴奏をするのは正直怖い。
でも、それでも。
あんなに苦しげに伴奏をする瀬川くんの姿を見た後では、そのままからに伴奏が押しつけられる事態を看過できなかった。
たとえ、彼の代わりに私が伴奏をすることになっても。そのせいで去年みたいなことになっても。
たぶん、ただ瀬川くんのピアノが下手なだけだったらこんなことは言わなかった。
あの、心を引き絞るような悲痛な演奏がどうしても耳から離れなかったから。
今の発言が本気だって言う意味を込めて、瀬川くんの目をまっすぐに見て黙って頷く。
「…本当にいいのか?有り難いけどさ」
私の肯定を受け取った瀬川くんは、そう言って私の真意を図るみたいにじっと顔を見た。
その綺麗なアーモンド型の瞳が、相変わらず無愛想な私を映す。
私から言い出したことなのに、どうしてそんなに遠慮するんだろう。
都合良く代わろうか、なんて言い出した奴が目の前にいたら、私だったらきっと迷わず押し付けるのに。
…こういうところは、教室で見る瀬川くんと変わらないんだ。
人前じゃない瀬川くんは、クラスとは正反対で。
ぶっきらぼうな口調にほぼ無表情か不機嫌そうで、作り笑いの一つも浮かべない。
だけど、こういう時には人に気をつかう。
やっぱり、どっちの瀬川くんも根っこのところは同じなのかもしれない。