君が嘘に消えてしまう前に

鍵盤に指を置き、和音の配置を確認しながら視線を上下させる。


大丈夫、とんでもなく複雑なわけじゃない。


見てすぐ完璧に弾けるなんて芸当は、もちろん私には出来ないけど。

それでも1枚目の楽譜くらいは、下校時間までに間に合わせられる。


指先に力を込め、鍵盤を押す。

楽譜と視線を行き来させながら、ゆっくりと和音を紡いでいく。
指の腹で一音一音取り零さないように注意を払いながら、視線を滑らせていく。

流石に最初からミスなく弾くなんて出来なくて、途中で何度も詰まっては弾き直してを繰り返す。

そうして同じページを繰り返すうちに、だんだんと指の動きが馴染んだ。
次の和音の指に、ひとりでに動いていく。

目の前の楽譜と鍵盤だけに意識を集中させる。

鍵盤の白と黒、そして譜面の音符しか視界に映らなくなる。


自分の指が紡ぎ出す和音とメロディーが鼓膜を揺らして心地いい。


ーーーああ、やっぱり。
あんな嫌な思い出があっても、私はピアノが好きだ。
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