君が嘘に消えてしまう前に
「…篠宮さんは、本当にピアノが好きなんだな」
1枚目の譜面を弾き終わって、下校時間もそろそろだからとピアノの蓋を閉じた時だった。
瀬川くんがそう呟くのが聞こえて、自然とそっちに顔が向く。
「素人でもわかるよ、なんて言うか音に込める想いも熱意も…俺とは全然違うのが」
そう言う顔は無表情だけど、その瞳はかすかに揺れていた。言葉の端々には、諦めと苦悩が滲んでいる。
瀬川くんの纏う空気に一瞬躊躇ったけど、私は小さく「…ありがと」と返した。
「…任せてもいいか?…伴奏」
瀬川くんの窺うような視線が、申し訳なさげに私を捉えた。
返答なんて、言い出した最初から決まってる。
「ーーもちろん」
「…悪い」
瀬川くんは心底申し訳なさそうにそう言って、頭を下げた。
「…篠宮さんだけに押し付けて逃げたりしないから」
帰り際にそう掛けられた言葉を、私は大してきちんと受け止めなかった。
どうせよくある口先だけの台詞だと思ったから。
そもそも私が勝手に言い出したのだし、瀬川くんにそんなことをする義理はない。
だから、まさか週明けにそんなことになっているなんて…私は考えもしなかったんだ。