君が嘘に消えてしまう前に
しばらく練習して、切りが良くなったからと一度席を立つ。
そういえば瀬川くんは、と彼のほうを振り向けば最初に見たときと同じく頬杖をついたまま、瞼を閉じていた。
あの体勢のまま寝てるんだろうか。
だとしたらなかなかに器用だ。
「…瀬川くん?」
そう呼びかけてみたけど、返事はない。
ということは、やっぱり眠っているんだろう。
あんな風にピアノの音がする中で眠るなんて、一体どれだけ疲れていたんだろうか。
私には瀬川くんのことは分からないけど、きっと色々あるんだろうなとその素顔を見てからはよく思う。
瀬川くんは、変わっている。
表向きは何でもできる優等生なのに、その表情はいつも取り繕いばかりで。
誰にも本音を見せなくて。
素顔がバレた後の言葉だって、どこまでが本音か確信が持てないし。
ーーまだ、どういう人なのか、何を考えて動いてるのか分からないことだらけだ。
わかるのは、根っこが善人で、責任感が強いってことだけ。
これから、もし知れるなら知っていけばいい。
瀬川くんが教えてくれそうなら、少しずつ分かっていけばいい。
もちろん、言いたくないことも知られたくないこともあるから無理に踏み込もうとは思わないけど。
そんなことをぼんやりと考えながら、私はもう一度鍵盤に指をのせた。