君が嘘に消えてしまう前に
ーーーピピピピ、ピピピピ
ふとスマホのアラームが鳴って、ピアノを弾く手を止める。
気づかないうちに私たちのクラスの練習時間である一時間が過ぎていたみたいだ。
スマホのアラームを止め、ピアノの蓋を閉じ、楽譜を回収する。
起こさなきゃな、と思って瀬川くんに視線を向ければ彼はちょうど眠たそうに目を瞬かせていた。
あんなピアノの大騒音では起きないのに、アラームの音では起きるなんてちょっと不思議だ。
ゆるりとその視線がこちらに向いて、次の瞬間には目があった。
「あ、起きたんだ、丁度良かった」
その瞬間心臓が跳ねて、慌ててそう取り繕った。
…変な言い方になってなかったかな。
彼がなにも言わないだけに不安になって来る。
「…ん」
そんな私の葛藤も知らず、彼はゆらりと立ち上がって鞄を手に取った。
「悪い、ろくに聞けずにうとうとしてて」
「…別にいいよ、いろいろ大変そうだし休めるときに休みなよ」
半分覚醒し切っていない様子で眉を下げる瀬川くんに、気づいたらそう言っていた。
ーーーまずい、言い方が冷たくなった。
言葉の選び方も下手な上に、言い方もそっけなくて感情が見えないせいで、人に不快感を与えやすいって自覚してるのに。
直そうと思っても、その前に口に出してしまっているのだ。
嫌味みたいに聞こえて嫌な顔を向けられるかな、と身構えたけれど、そんなことはなくて。
一瞬目を見開いた瀬川くんは、その後少し目を細めてわずかに口角を上げた。
「ありがとう」
満面の笑みには程遠いけれど、教室で見せる完璧な計算された笑顔とは決定的に違って。
一瞬だけ見せてくれた無表情以外の素の表情らしきそれが、新たな一面を知れたようで嬉しい。
二人で音楽室を後にして、これから部活に参加するという瀬川くんと昇降口で別れる。
「じゃあ、また」という短い挨拶と笑顔を最後に、瀬川くんはグラウンドにかけて行った。
その笑顔はぱらぱらと人目もあったからかあの完璧に作り込まれた笑顔だ。
その表情に少し残念さを感じながらも、私は家に帰るために校門をくぐった。
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