君が嘘に消えてしまう前に
朝とは反対側の駅のホームに立ち、電車に揺られる。

がたんごとんという小気味いいリズムに眠気を誘われるけど、それを何とかこらえて英単語帳を開いた。

いくつも付箋が張られ、ページの端が擦り切れ始めたそれを、今日もぺらぺらとめくっていく。

睡魔で揺れる頭を手の甲をつねることで何とか覚醒させ、英単語に視線を走らせる。



毎日、学校に行くのも憂鬱だけど、帰るときはもっと憂鬱な気分になる。

だって、学校では基本的に気配を消して空気に徹していればほとんどの人は私にかかわってこないけれど、家では違う。



――どれだけ息を殺して、気配を消しても、お母さんは私のことを放っておいてはくれない。



電車が最寄り駅につき、重い足取りでホームに降り立つ。

そのままのろのろとした足取りで家まで歩き、お母さんの車がないのを確認してほっと息をついた。


どうやら今日は、パートの日らしい。


カバンから家の鍵を取り出し、静かに玄関の扉を開ける。

お母さんはまだ帰っていないってわかってるのに、それでも気配を消そうとしてしまう自分がひどくむなしかった。

i一歩家の中に足を踏み込むと、誰もいないと思った家の中は微妙に明かりがついていた。


一瞬お母さんが消し忘れたまま家を出たのかと思ったけど、そうじゃない。


リビングの扉の向こうからはカタカタとパソコンをたたく音が聞こえてくる。

お母さんはめったにパソコンを触らないから、...たぶんこれは大学から戻ってきたお姉ちゃんだろう。

そっとリビングへ続く扉を細く開けて、室内の様子をうかがう。


――やっぱり。


思ったとおりそこにはパソコンに向き合うお姉ちゃんがいた。
誰が見ているわけでもないのにピンと伸びた背筋に、パソコンの画面を真剣に見つめる目。


たぶん、大学の課題か調べ物をしてるんだろうな。


気付かれないようにそっと扉を閉じようとする。別に仲が悪いわけでも、嫌っているわけでもないけど、
勉強中のお姉ちゃんの邪魔を私なんかがしていいはずないから。
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