君が嘘に消えてしまう前に

「――私のことも呼び捨てでいいよ」


自分だけが気まずく思っているのがなんだか悔しくて、気づいたらそう言ってしまっていた。


「ん、改めてこれからよろしく、菜乃花」


ためらうことなく呼ばれた名前に、思わず振り返る。

自分の耳を疑った。


てっきり自分も名字で呼ばれるものだと思っていたのに。


まさか、名前で呼ばれるなんて。

この一年間極力人と関わらないようにしてきた私には、あまりに刺激が強かった。

振り返って瀬川を凝視したまま固まる私と、不思議そうに瞬きをする瀬川。


「ごめん、つい。」


わたしが固まった原因に思い至ったらしい瀬川は、そう言って悪びれる風もなくちょっと悪い顔をして笑った。


何が、つい、だ。

そんな気まぐれで、こっちを振り回さないでよ。


瞬間的にそう思ってしまったのが顔に出たらしい。
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