君が嘘に消えてしまう前に


「じゃあ、一旦パートごとに分かれて練習しようか」


放心状態でピアノを弾き終えた私の耳に、一番に入って来たのは瀬川の声だった。

パートリーダたちが各パートのクラスメートを引き連れて教室から出ていくのをぼんやりと見送る。

少なくとも、私の耳には私を非難する言葉はとどいてこなかった。


ーーーよかった、やっぱりこれでいいんだ。


下手に感情をこめないで、伴奏として引き立て役に徹する。

それで、間違ってない。

それで、傷つかないで済む。

それが、最善。


……そのはず、なのに。


どことなく虚しいのは、どうして。


「ーーなあ、さっきの演奏…なんであんな風に弾いたんだ?」

その虚しさの理由に気づけないまま、背側の声で思考が引き戻される。

気がつけば、音楽室には私たち二人しか残っていなかった。


「あんな風にって…?どこか失敗してた?」


瀬川の言葉の意味がわからなくて、戸惑う。

弾き間違えたつもりは無かったけど、もしかして気づかないうちに間違っていた?


「…いや、演奏は完璧だったよ。ただ…なんて言うか、固かった」


瀬川は一瞬言葉にするのを迷うように間を置いた後、迷いを断ち切るように私に真っ直ぐに視線を合わせる。


「いつも聞いてた篠宮の演奏は、細かい強弱とかニュアンスまで気をつけてて。

和音のなかでどの音を目立たせるべきかとか、どこで間奏のメロディを切るべきとか…

そんな細かいことまで意識してて、丁寧で、何よりそういうことを考えながら弾くのが楽しいってのが伝わってきてた。

ーーけど、今日はいろいろ押し込めて、弾き切ることだけに徹してるみたいだったから」


心当たりはあった。


でも、まさか指摘されるほどの演奏だとは思わなかった。
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