君が嘘に消えてしまう前に
「…何してんの?」
「…ッ!」
突然背後からかかった声に、声にならない悲鳴をあげて振り返る。
視界が重い雨空から切り替わって、代わりにその声の正体を映した。
見上げないといけないくらいに高い身長に、すらりと伸びた手足。
運動部にしては白い肌に、明るい茶色の髪の毛。
「あ、やっぱり篠宮さんだ」
「…瀬川くん」
そう言って瀬川くんはあの綺麗な、どんな相手にも平等に向けるいつもの笑顔を浮かべた。
その表情を向けられているのがどうにも居心地悪くて、名前を呟いて出来ずに俯くことしかできない。
こんなの感じ悪いって分かっているけど、それでもそうせずにはいられなかったのだ。
何で彼が、私なんかに声をかけるんだろう。
そう疑問に思ってから、すぐに自分をあざ笑う。そんなの、彼が優等生だからにきまってる。
優等生は、誰とも馴染めない異分子にまで気を使わなきゃいけないんだ。
そう思うと優等生でいるのも大変なんだなと思う。
「…篠宮さん?どうかした?」
「…あ、ううん。大丈夫」
眉を下げ心配げな表情を浮かべる瀬川くんに悪いと思いながらも、放っておいて、の意味を込めて頷いて視線を逸らした。
もう会話を終了してしまいたい。
気を使ってくれてるのは分かっているけど、あまり話すことのない男子との会話なんて緊張で手一杯だった。
…これ以上私の印象が悪くなる前に、彼との会話から逃げ出したい。
「…なら良いんだけど」
ちらっと様子を伺えば、瀬川くんは納得していなさそうな表情をしていて、それから「そういえば」と話題を変えた。
その瞬間ぱっと変わる表情は、どうにも芝居がかって見える。
「ここで何してんの?雨宿り?」
「…まぁ、そんなところ。ピアノのレッスンがあるんだけど、傘忘れたから」
びっくりするほど起伏のない声に、自分でも少し驚く。
自分には下手な作り笑いしかできないと分かっているから、わざと笑ってみせたりしない。
表情を変えずに、そう淡々と理由を口に出す。
「それ、何時から?…雨、しばらく振り続けそうだけど」
そう言って瀬川くんは灰色の空からどんどん落ちてくる雨粒に目をやった。
その動きにつられて、私もまた空を見上げる。