ジュエリー

02.Amethyst






「あーー。畳のにおい、最高ですねぇ」


「……そうね」


「あと俺、こういう和室の丸い窓、すげー好きなんすよ。
こっから見る景色って、なんでこんな魅力あるんやろ」


「確かに、一層素敵に映っているわね。夕日も、雪景色も。
一面の緑でも、勿論映えるでしょうけど」


「あれっすね。激しくエモい」


「便利な言葉ね」


「にしても麗子さん。
こんなええとこ、よう知ってましたね。
……もしかして、誰かと来たことある……とか?」


「あら。リサーチは得意なのよ」


「でもさぁ」


「…………」


「これ、何人部屋なん?」


「……確か、10ね」


「え、修学旅行?俺ら2人ですよね?」


「今の所、宴会の予定は入れられてないの。ごめんなさいね」


「いや、そんなん勝手にいれんといてください。
……なんでこんな無駄に大部屋なんすか」


「決まってるじゃない。
仕切りが欲しかったからよ。
勿論、その分の費用はお支払いしているわ」


「嘘でも『ここしか空いてなかった』とか言うてくださいよ」


「じゃあ『ここしか空いてなかった』の」


「……もう大丈夫です。
一緒に来れただけで幸せって思うことにするんで」


「いつになく振り回してくるのね、今日は」


「誕生日やからね。
麗子さんこそ、いつもに比べて素直ですね」


「誕生日だからね」


「一応の配慮やったんや」


「それで?結局、お腹空いてなかったの?」


「いや、そら空いてますよ。
カニ楽しみすぎて、朝からほぼいれてないのに」


「なら余計に不可解だわ。
先に温泉にしたいの?」


「な、何の話かさっぱり」


「フロントでは、一番早い時間の夕食でって言ってたじゃない。前のめりになって」


「……そうでしたっけ?覚えてないっすねー」


「女将さん、驚いていたわよ。
あんなに、お腹すいたって煩かった人が。
この部屋に入った途端、やっぱり一番遅くしてなんて手のひらを返したから」


「…………」


「1時間も空くけど、どうするの?」


「……………………」


「ねえ、聞いてる?」


「…………俺は瞬時に理解したんすよ」


「また唐突ね」


「夕飯食べる。部屋帰ってくる。
すると既に布団が敷かれている。
そしてあのフスマが閉じられ、俺は独りになる……。
そんな哀しい未来が、この部屋に通された瞬間に」


「賢いわね」


「つまり、夕飯までの時間を延ばせばええんやと」


「……小賢しい、が適切かしら」


「やから、風呂もまだ行きません。
とにかく俺は、今日を終わらせたくないんや」


「馬鹿ね。
仕切ろうと思えば、今からだって……」


「ほんまにやめて」


「……ふふ」


「笑い事ちゃいますよ。
なんなら死活問題っす。腹の虫の」


「良い物あるわよ」


「え!なになに?」


「はい、これ。例のブツ」


「……怪しい取引現場?
かっこいい箱っすね。開けていい?」


「もちろん」


「じゃあ失礼しま…………えっ、なにこれ。すご。
宝石のセット……?」


「凄いでしょう。食べられるのよ、それ」


「……えー!!!もしかしてこれ、チョコ??
すーげぇホンモノみたい。ほんで高そう……。
えーー勿体なくて食べられん」


「今すぐ胃に収めるか、
カビと共にオブジェにするかは任せるわ」


「いただきまーす。……うま!」


「よかったね」


「嬉しい。ありがとうございます。
………………ねえ、麗子さん」


「何?」


「こんなんに(こだわ)って、女々しいって言われるかもしらんけど……。
このチョコって……つまり"本命"ですよね?」


「いえ」


「……『イエ』?」


「本命ではないわ」


「………………え」


「本命はこっち」


「……危な。ショックで息止まるとこやった。
え、こっちの箱も?……開けてええの?」


「どうぞ。気に入るか、わからないけど」


「………………わ、紫……ピアス……?
めっちゃ綺麗………………。
…………あれ?コレって、もしかして」


「なんだかわかる?」


「"アメシスト"、ですか?」


「正解。『誠実』が、君にピッタリだと思って。
ストレス緩和や、創造性を高める効果もあるそうよ」


「し、しかもコレ……麗子さんの耳のヤツと同じ形やないですか?」


「それも正解。石違いの同じ物なの。
……探すのを怠ったわけではないのよ。
他も見たけど、このシンプルな一粒が一番良いと思えたから」


「…………」


「あー、そういうの苦手だった?
まあ、カビないオブジェくらいにはなるから……」


「ちょ、まって……トリ……鳥肌が……手、震え…………」


「……何?どういう感情?」


「…………やっぱ、死活問題っす。幸せすぎ」


「あぁ、喜んでたの?紛らわしいわね」


「ちょ、麗子さん。これ俺の耳に付けて。
今自分で付けたら、ブレて確実にケガする」


「……何を言っているの?
落ち着いて後で付ければいいじゃない」


「ムリ。今付けなシヌ」


「……バースデーって、こんな我儘が許される日だったかしら」


「お願い」


「もう。
…………貸して。今付いてるの、外すわよ」


「うん、外して。
もう一生使わんくなるな」


「……極端ね。はい、できたよ」


「似合う?」


「当たり前でしょ。似合うと思って選んだから」


「麗子さん」


「………………それは何?テディベアの真似?」


「ちがう。ハグの構え」


「調子に乗らないで」


「俺、誕生日」


「……………………」


「…………麗子さんって、ちょっと押しに弱いとこありますよね」


「…………そんなこと言うなら、もう離して」


「イヤです。
逆に、あともう一個だけ我儘言うていい?」


「言うだけなら…………あ、なんか嫌な予感がするわ。
やっぱり聞かない」


「その赤いリップ、ちょい落ちても許してくれる?」


「……………………」


「え、まって。俺、めっちゃ緊張してるわ。
はじめてみたいやん」


「……ふ。違うの?」


「……こんなに心臓うるさいのは、はじめてっす」


「……………………」


「……………………」


「……………………あら。
最近買ったこのリップ、落ちにくいみたいね。
他の色も集めようかしら」


「……麗子さん、顔色ひとつ変わらんし。悔しいなぁ」


「ねえ、もう満足でしょ」


「いや…………あー、まあ。
これ以上は大変なことになるからやめとく」


「マテが出来て、良い子ね」


「…………いつかは、ヨシしてくださいね」




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