🕊 平和の子 、ミール🕊  ~新編集版~
「他国に侵攻した国家を常任理事国にしておくわけにはいきません」
不曲が追及すると、ロシア大使が顔を赤らめて食って掛かった。
「敗戦国が何を言うか!」
 不曲はすかさず反論した。
「いつのことを言っているのですか? 戦後80年近い年月が経っているというのに、敗戦国も戦勝国もないでしょう」
「何を言ってる! 何十年経っても敗戦国は敗戦国だ。それに、ドイツとイタリアと日本が犯した罪が消えることはない」
 するとすかさず中国大使が大きく頷いた。
 侵略の記憶は永遠に消えることはないというように。
「日本は軍隊を捨てました」
 不曲は中国大使を一瞥してから、ロシア大使に視線を向けた。
「約80年間、日本は非軍事国家として世界の平和に貢献してきました。しかし、ロシアはどうですか? チェコスロバキア、ポーランド、ハンガリー、グルジア、そして、ウクライナ。第二次世界大戦後に行った侵略行為は罪とは言えないのですか?」
 すると一瞬、ロシア大使の瞳が揺れたように見えた。
 それは、やましい心の表れのように思えたが、それで(ひる)む相手ではなかった。
「侵略行為ではない。鎮圧であり防衛だ。我々には大義がある」
 しかし不曲はまともに相手をする気はなかった。
 大義も正義もないことを強調した上で、やんちゃな子供を(たしな)めるように言葉を継いだ。
「よく聞いてくださいね。他国の主権、領土、独立を犯すことを目的として侵攻することを侵略というのですよ」
 欧米の大使たちから皮肉な笑みが漏れると、ロシア大使は苦虫を潰したような顔になったが、反論を止める気はないようだった。
「言いがかりは止めてもらいたい。時には暴動を抑えるためであり、時には政権転覆の企みを阻止するためであり、時にはロシア人を守るために仕方なくやったことだ。我々に侵略の意図は微塵(みじん)もない」
 さっきまでとは打って変わって平然と言ってのけた。
 しかし不曲は追及を緩めなかった。
「クリミアの件はどうなんですか?」
 厳しく睨みつけたが、ロシア大使は表情を変えることなくしらっと(・・・・)声を出した。
「ロシア系住民に対するウクライナからの脅威を排除するためであり、更に、住民の意思に沿ったもので、なんら問題はない」
 それを聞いてカチンときた。
「不法で不正な住民投票を住民の意思と言われるのですか?」
 しかしすぐに反撃された。
「不法でも不正でもない。民主主義に(のっと)って住民投票を行い、その結果、独立に対して9割の賛成票が投じられた」
 それでも不曲は怯まなかった。
「よくもまあそんな嘘をいけしゃあしゃあ(・・・・・・・・)と言えますね」
 登録有権者数を大きく超える投票数があったことや、実際の投票率が30パーセントから多くて50パーセントでしかなかったことを示した上で、「捏造(ねつぞう)された投票結果に基づく捏造された住民意思でしかないというのは紛れもない事実です」と言い訳を撥ね退けた。
 しかし、ロシア大使は鼻で笑った。
「それこそが捏造だ。根拠のない話をまともに聞く気はない」
 完全に平行線になった。これ以上続けても意味がないと悟った不曲はロシア大使との議論を切り上げることにした。
「どちらが根拠のない話なのかということは今日お集まりの方々がよくご存じだと思います」
 会場を見回すと、多くの大使が頷いていた。
 それを味方に付けて国連改革へと話の舵を切った。

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