🕊 平和の子 、ミール 🕊 【新編集版】
 ボランティア施設の前に車を止めると、停車してあった車のライトがついた。
 いきなりだったのでドキッとしたが、車から出てきた男はミハイルの同僚の探偵だった。
 ウクライナには行かないと逃げ腰になったあの若い探偵だった。
 
 あの日、ミハイルから預かった小切手を持ってトルコに帰りかけたもののここに引き返したのだという。
卑怯者(ひきょうもの)になりたくなかった」と理由を説明したが、それが本当かどうかはわからなかった。
 クビになるのが怖かったというのが本音のように思われたが、理由はどうでもよかった。
 一刻も早くミハイルを連れて帰らなければならないし、そのためには道を知っている人間が必要だった。
 早速ミハイルを彼の車に移して出発することにした。
 
 後部座席に横に寝かせて彼のおでこに手を当てると、オデーサを出た時よりも熱かった。
 かなりの高熱なのですぐに抗生物質を飲ませたが、水と共に吐いてしまった。
 しかし、貴重な薬なので捨てるなんてできるはずはなく、水で洗って綺麗にして再び口に押し込んだ。
 そして、「我慢して飲み込んでくれ」と言って右手で彼の口を覆った。
 彼が飲み込むまで覆い続けた。
 
 なんとか飲み込んでくれたので急いで車を出発させた。
 ルートは危険を承知で最短距離を選んだ。
 再びウクライナ領に入ったのだ。
 それからルーマニアのトゥルチャに到着するまでがしんどかった。
 攻撃を受ける可能性がゼロではない中で緊張を強いられ通しだったからだ。
 だからウクライナ領を抜けた時はホッとしたが、ゆっくり休んではいられなかった。
 ミハイルの熱が下がらないのだ。
 それに水もパンも受け付けなくなっていた。
 体力がかなり落ちているだろうし、頼みの綱の免疫も働かなくなっていくに違いない。
 20分ほど休んで濃いコーヒーを流し込んですぐに出発した。

< 138 / 230 >

この作品をシェア

pagetop