🕊 平和の子 、ミール🕊  ~新編集版~
『ウクライナが燃えています。ウクライナは世界の目の前で破壊されています。民間人に対する影響は恐るべき度合いに達しています。女性と子供を含む数えきれない無実の市民が殺されています。…………。この悲劇を止めなければなりません。外交や対話に遅すぎるということなど決してありません。私たちは直ちに戦闘を停止し、国連憲章と国際法に基づく真剣な交渉を行う必要があります。私たちには平和が必要です。ウクライナの人々に平和を。世界に平和を。今すぐ平和が必要なのです。ありがとうございました』
 しかし、それによってなんら進展を見ることはなかった。
「相手はプーチンなのよ。法も秩序も無視する独裁者なのよ。血の凍った殺人者なのよ。このまま放っておけばウクライナは消滅してしまうわ。4千万人の国民が路頭(ろとう)に迷うことになるのよ。それがわからないのかしら」
 憤慨する同僚の声に押されて不曲も黙っていられなくなった。
「同感だわ。国連としてできる最大限の制裁を下すべきなのよ。今すぐロシアを常任理事国から引きずり降ろして、その上で、国連軍を編成してウクライナに派遣しなければならないのよ」
 それが不可能なことはわかりすぎるほどわかっているが、そこに踏み込まないわけにはいかなかった。
 第三次世界大戦を恐れるNATOが直接的なウクライナ支援に及び腰になる中、国連軍の編成以外、解決の道はないのだ。
「でも、『そんなことをしたらここに核ミサイルが飛んでくる』って反論するかもしれないわね」
 同僚が事務総長の口真似をしたので笑ってしまったが、自己保身の強い彼なら言い出しかねないとも思った。
 ウクライナを守るより国連という組織の方が大事だと考えている可能性は大きいのだ。
「まあ、そこまで酷くないことを祈るしかないけどね」
 口をすぼめてからワイングラスを手に取ったが、その味は先程のような素晴らしいものではなかった。
〈腰抜け〉というスパイスが苦味を誘発したに違いなかった。
「男なら腹をくくるべきだわ」
 同僚の声に頷いたが、虚しい思いが消えることはなかった。

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