🕊 平和の子 、ミール🕊  ~新編集版~
        緊  迫

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 9月21日、プーチンが動いた。
 部分動員令を発令したのだ。
 今後数か月かけて予備役(よびえき)30万人を段階的に徴集するというものだった。
 対象は軍務や戦闘経験、特殊な軍事スキルを持つ予備役で、学生や1年間の兵役期間中の若い徴集兵は対象外だった。
 その主な任務は現在千キロ以上にも及ぶウクライナの前線を強化することで、投入に当たっては再訓練や新たな訓練を実施するとしている。
 
 それに先立つ20日、議会は脱走や命令への不服従などの犯罪が軍の動員や戦闘状況下で行われた場合の処罰を強化する法律を可決した。
 これによって今回召集される予備役が自発的な降伏をすることができなくなった。
 もしもそれを行うと即時に犯罪となり、10年の懲役刑が科されることになるのだ。
 前線に送り込まれたが最後、戦うしか道がなくなることになる。
 
「ロシア軍は甚大な損失を被っているし、兵力不足が明らかだからかなり追い詰められているんだと思うわ」
「うん、そうよね。切羽詰まっているのだと思うわ。でも、これってロシア国内に大きな影響を及ぼすんじゃない」
 頷きを返した不曲は入手した情報を同僚と共有した。
 予備役該当者の一部にパニックが起こっており、徴集を逃れようとする人たちの国外脱出が始まっていること、そのため航空券は売り切れが続出し、飛行機での脱出を諦めた人たちが車で国境に向かっていること、更に、反戦団体によるデモが呼びかけられており、不穏な状態に陥るのではないかという心配が広がっていることの3点だった。
 
「そうよね。今までは他人事のように思っていた人も自分事になるのだから平静ではいられないわよね」
「うん、そうだと思う。該当する男性だけではなくて、父親や兄弟や夫や恋人という近しい人たちが前線に送り込まれることになるのだから、女性たちの危機感もかなりのものになっていると思うわ」
「そうよね。それにこれはまだ最初の一手だから、徴兵の規模が拡大していくことになれば更なる混乱が起こるのは間違いないと思うわ」
「そうなのよ。一説には100万人の動員を軍が計画しているという情報もあるし、それに、総動員ともなれば2,500万人に影響が及ぶらしいから、国民が冷静でいられるはずはないと思うわ」
「正に、戦時体制への移行という最悪のシナリオが国民に突き付けられたわけね」
「そう。だから動揺が収まることはないし、そのことによってプーチンの支持率にも変化が起こるのは必然だと思うわ」
「そうよね。盤石(ばんじゃく)の支持率を維持するのは難しいかもしれないわね。もしかしたらプーチン体制の終わりの始まりかもしれない」
 頭の中にクレムリンを追放されるプーチンの姿が一瞬過(よぎ)ったが、そんな安易なことは考えてはいけないとすぐに打ち消した。
「とにかく、今後の動向を注意深く見なければいけないわね」
 これが歴史の転換点になることを期待しながら、不曲は今後のことに思いを巡らせた。

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