🕊 平和の子 、ミール🕊  ~新編集版~
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 酷い……、
 ネット動画を見た瞬間、芯賀のすべての思考が停止した。
 その映像は余りにも酷かった。
 
 ロシア軍が撤退したキーウ近郊の町が無残にも破壊されていた。
 それだけでなく、非道な行為が行われていた。
 虐殺(ぎゃくさつ)だ。
 無抵抗な市民が何百人と殺されていた。
 拷問を受けた人も多かった。
 レイプも少なくなかった。
 その町の名は『ブチャ』だった。
 人口2万4千人の小さな町だった。
 
 4月4日、防弾チョッキを着たゼレンスキー大統領が虐殺現場を視察した。
 今までにない悲痛な表情を浮かべていたが、なんの罪もない国民が惨殺(ざんさつ)されたのだから当然だ。
 しかし、黙っているわけにはいかないと、怒りを(あら)わにして語気を強めた。
「これはロシア軍によるジェノサイド(民族虐殺)だ」
 平和な暮らしをしていた普通の人が、自転車に乗っていた普通の人が、子供連れの女性が、遺体となって放置されていたのだ。
 戦車で轢き殺された遺体もあった。
 切断された遺体もあった。
 イヤリングを引きちぎられたあと絞殺(こうさつ)された遺体もあった。
 子供たちの目の前でレイプされたあと殺された遺体もあった。
 どれも無残なものばかりだった。
「これはブチャだけに起こったことではない。その他の地域でも行われているのだ」
 ロシア軍に占領されたイルピンやホストメルなどでも同じような残虐行為が行われているという。
「もっと酷いところもある」
 ボロジャンカでは遥かに被害が大きいという。
 ロシア軍がクラスター爆弾と多連装ロケット砲を使って破壊の限りを尽くすだけでなく、殺人や暴行、拷問、レイプなどの非道な行為を行ったという。
「ロシア兵の母親にこの惨状を見てもらいたい。あなたたちの息子がどんな酷いことをしたのか見てもらいたい。あなたたちの息子は人間性を失い、処刑人になっているのだ」
 この現実から目を背けるな、と言わんばかりにゼレンスキーの目は怒りで燃えていた。

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