異世界で言葉が通じないなんてハードすぎます!

29. 兄弟子

「大事なこと忘れてるよ」
 ディーはワイングラスから手を離し立ち上がり、眠っているミサキのベッドへ向かった。
 枕元にあるノートを手に取り、ルイスに見せる。

「俺達はこの子の日常を奪ったんだよ」
 勝手に召喚し、言葉が違う世界へ呼んだ。
 王宮で何があったかわからないが、彼女にとって耐えられない出来事がきっとあったのだ。
 
 言葉もわからず、生きていく方法もわからない場所。
 保護された教会からも女性達の嫌がらせで追い出され、死にそうになった。
 草原で偶然自分達と出会わなければ、彼女はもうこの世界に居なかっただろう。

「ルイの気持ちよりもミサキが困らない事を優先すべきだと思う」
 彼女なりにコミュニケーションを取ろうと必死なのにルイスの都合で突き放すのはダメだとディーは諭した。

 ルイスは膝の上で組んでいた両手にグッと力を入れる。
 
「それにさ、選ぶのはミサキでしょ?」
 ルイスがどんなに想ったとしても、彼女はレオナルドを選ぶかもしれない。
 レオナルドは第一王子。
 優しくて女性達に人気の王子だ。

 レオナルドの想い人だから困るというのはルイスの都合。
 ミサキには関係ないのだ。

「……そうだな」
 右手で顔を覆い、溜息をつくルイス。
 ディーはミサキのノートを枕元に戻すと、ルイスの背中をバシッと叩いた。

「しっかりしろ!」
 気合を入れなおしてくれるディーにルイスは苦笑する。

 ディーはルイスが剣を習い始めた5歳の頃からずっと面倒をみてくれた兄弟子。
 騎士団長の次男だ。
 年齢はルイスよりも4つ上で、いつも悩んだ時には助言をくれる。
 今では補佐という立場だが、子供の頃からどんな愚痴でも聞いてくれたもう一人の兄のような存在だ。

 ディーと、ここに来ている騎士達だけは第二王子ではなくルイスとして接してくれる。
 年齢はルイスが一番下だが剣は負けていない。
 第二王子だから隊長なのではなく今回同行する騎士達全員でトーナメント戦を行い、勝ったルイスが隊長なのだ。
 そうやって対等に扱ってくれる彼らがルイスには嬉しかった。

「ガイルは毎日結婚しようって言っているし、ユーイはリンゴを食べさせていたぞ。レオナルド様に遠慮している間に騎士達が取るぞ」
 あいつら本気だからなとディーが笑う。

「それは……困るな」
 ルイスは暗い天井を見上げながら盛大な溜息をついた。
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