瞳の向こうに
秘密
彼と彼女が少し歩いて行った場所にあるコンビニエンスストア。
彼女の住む建物付近に比べるとやや人通りが多い。
コンビニの自動ドアが開くと、彼は、お菓子が並ぶ棚方向から……
彼女は、雑誌が並ぶ棚の横を通り、別々に店の一番奥にある飲み物コーナーに歩いて行く。
ん? 彼女が雑誌コーナーの前で立ち止まると、
ファッション雑誌、週刊誌の表紙を凝視する。
え? これって…… 彼女がそう感じた瞬間だった。
「ね~、あれそうだよ。絶対そうだよ」
「うそ、マジで? 声かけてみようか」
二人組の女性が、飲み物コーナーにいる彼の方を見て
話しているのが聞こえてきた。
女性たちが自分に近づいてきたことに気づいた彼は、
帽子を更に深く被り直し下を向くと彼女のもとに
歩み寄り、
「行くよ……」
と彼女の手を握り、急いで店を出ると、更に彼女の手を強く握りしめ、今度は
「走るよ……」
と言うと彼女を連れて走り出した。
「え? 走る? 何で?」
意味がわからず彼に連れられ走り出す彼女。
人混みを走り、通りを横断し、飲食店の裏まで走ってきたふたり。
「はぁ、はぁ、はぁ、よし、ここまでくれば大丈夫」
息を切らし、帽子とメガネを外した彼がそう呟いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、何が大丈夫なの?」
両膝に手をついた彼女が顔を上げ、彼に聞いた瞬間、
彼女が言葉を失った。
「え……あなた」
それは、彼の背中越しに見える、通りの向こうにそびえ立つビルに設置された大きな液晶ビジョン……。
そこには、今、自分の前にいる彼の顔が大きく映し出されているからだった。
驚く彼女に、彼が、
「し……秘密だよ」
人差し指を自分の口元に当て、彼は、透きとおるような瞳で、彼女を見つめながら言った。
彼女の耳に聴こえてくるのは、通りを走る車の音……と人が激しく行き交う靴の音。
「秘密……?」
彼女は、彼の瞳の奥に吸い込まれそうになりながら呟いた。
「そう……こうしていること絶対に秘密だよ」
「絶対に?」
彼女がそう呟くと、彼は静かに頷き、
「絶対に……
これは、君と俺との二人だけの秘密」
彼は、そう言い残し、優しく微笑むとくるりと私に背を向け、帽子を深く被り直すと、
大通りの雑踏の中に向かって走り去った。
雑踏の中に走り去る彼の背中を見送った彼女は、
モニターに映る彼の姿をしばらく眺めていた。
そして、ひとり自分の部屋のドアを開けると小さく息を吐いた。