瞳の向こうに

夕暮れの散歩道

夕暮れの散歩道
 「お疲れ様でした」
 軽く会釈をし、俺は事務所を後にした。
 
いつからだろう?
 小さな夢が現実となり……
 大きな夢が叶った瞬間……
 人は、その向こうに何をみるのだろうと考えるように
なったのは。

 ハザードランプが点滅すると、一台の車両が通りに停車した。
 「ここでいいの?」
 スーツを着た女性が彼に話しかけた。
 「はい……ここで、大丈夫です」
 バタン……。
 車から降り、後部座席のドアを閉めた俺は、助手席側の開いた窓から
運転席の女性にそう返事をした。
 「あんまり、無理しちゃだめよ」
 「はい、わかってます」
 「じゃあ、また明日……お疲れ様」
 「お疲れ様でした」
 俺がそう言うと、彼女は車を発進させた。

 彼女の車が見えなくなるまで見送った後、俺はひとり
歩道を歩き始めた。

 時間は……多分……夕方、六時半くらいだろうか?
 歩道にあたる夕陽に映し出された自分の影を見ながらゆっくりと歩く。
 すべてから解放されたような、なんとも言えない感情が僕を包み込む。
 ん? こんな場所あった……かな?
 俺の目の前に、緑の木々で覆われ、まるで都会の雑踏から隠れるように
ひっそりと建つ古い建物が現れた。

 ガラガラガラ……
 古い鉄錆枠に包まれた二階の窓ガラスを開ける
音がした……。
 その音につられ、俺が夕焼けに染まったオレンジ色の空を見上げると、
空に浮かぶのは……綺麗な色に染まった千切れ雲。

 そして、
 コトン……。コトン、コト……。
 二階の窓辺から聞こえてくる植木鉢同士が、擦れる音に俺は視線を移動させると
植木鉢を並べてる女性の姿に目が止まった。
 ビル街の隙間から二階の窓際に差し込む夕陽が、彼女のサラサラとした黒髪をキラキラに光らせていた。

 緩やかな夕風が吹くと、彼女のサラサラの黒髪がフワッとなびく……
俺はその光景に釘付けになった。

 コト……。
 植木鉢を移動させる音が止まった。

 二階の窓際を見上げる俺……
歩道に佇む俺を見下ろす彼女……
 あ……どうも……的な表情で軽く会釈をする俺に、
 こんにちは……と言わんばかりの微笑みを浮かべる
彼女。
 そして、俺はニコッと微笑み歩道を歩き出すと、
ガラガラガラ……と
窓を閉める音が背中越しに聞こえて来た。

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