瞳の向こうに
 今夜も、絵筆を握り続ける彼女。
 「う~、根詰め過ぎた。休憩、休憩」
 そう呟くと、窓際に向かった。
 窓越しに見えたもの……。

 ん? あれは、彼だ……。
 花壇のヘリに座っている彼に気づいた彼女が窓を開けた。

 ガラガラガラ……
 窓が開く音に反応した彼が二階の窓を見上げた。
 「こんばんは……」
 彼女が優しく声をかけた。
 「こんばんは、久しぶり」
 相変わらず帽子を深々と被った彼も返事をした。

 「仕事、転職したのかと思ってた」
 「え? なんで? そうなるの?」
 「だって、しばらく通らなかったから」
 「ああ、忙しくて……バタン休って感じ」
 「仕事、順調なんだ……」
 「お陰様で……」
 「今夜はキャップじゃなくて帽子なんだね。
 それにメガネまで……」
 「これ? 気分転換だよ」
 互いに笑顔で話すふたり……。

 「ね~、降りてこない?」
 「え?」
 「一緒に飲もうよ……」
 彼はそう言うと、コンビニ袋に入った缶ビールを彼女に見せた。
 「う~ん。じゃあ、少しだけね」
 そう言うと、彼女は油絵具だらけのエプロンを脱ぐと、スニーカーを履いて
外に出て行った。
 階段を下りて、建物の正面玄関を出ると、目の前にある花壇のへりに座る彼の姿に
微笑む彼女。
 彼も、彼女の姿を見るとニコッと微笑んだ。

 プシュ……。
 プシュ……。

 花壇のヘリに並んで座るふたりは、缶ビールを開けると、互いに缶ビールを目の前に掲げた。
 「乾杯……」
 缶ビールを合わせた後、ゴク、ゴク、ゴク……
 ふたりの喉に流れ込むビールに、
 「くはぁ~、うまいな……」
 「本当、美味しい」
 ふたりは、しばらく外の空気の心地よさと開放感に浸っていた。
 「元気にしてたの?」
 「うん。元気だった」
 「そうか……で、そっちの仕事は順調?」
 「お陰様で……なんとか」
 花壇のヘリに座って、他愛のない会話をする二人に通行人は見向きもせず、
彼等の前を通り過ぎていく。
 すると、彼が彼女に言った。
 「ねぇ、もう少し飲まない? 
 コンビニ、近くにあったよね? 行こう」
 「え~、私、そんなに飲める人じゃないよ」
 「スウィーツでもいいから、おごるよ」
 「わかったよ。じゃあ」
 二人は、コンビニに向かって歩き出した。
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