甘い顔した君にはもう
「じゃあ、もう行く絶対に」
「・・・・」
黙って一点を見つめる早美くんに私はもう一度溜息をつき、ソファから立つ。
「桜依ちゃん」
早美くんからいつもより低い声で名前を呼ばれ、一瞬ドキっとするも私は平常心を保ち
「なに?」と振り返る。
「キャッ!!!!」
と、私はソファの角に足がぶつかり、その勢いのまま
体勢が崩れて、早美くんの上に覆いかぶさってしまった。
「・・・・」
この状況下に理解はできたものの、理解ができたからこそ、顔をあげることが難しい。
私は今、早美くんの胸元に顔を埋めてしまっているからだ。
早美くんの心臓の動きが分かってしまう。
絶対に気まずさは回避しなければいけないのに、どうすればいいのか思いつかない。
「痛い?」
先にこの沈黙を破ったのは早美くん。
顔が火照ったまま私は顔をあげる。
「ごめん、病人になんて衝撃を・・・」
可愛くない言葉の投げかけに我ながら恥ずかしい。
内心、心臓が飛び出るほどドキドキしているっていうのに。
「すっげぇ音したけど」と言って笑われる始末。
きっと気まずくならないように早美くんが気遣ってくれているんだわ。
「平気よ。それより早美くんの体調が悪化してしまったかもしれないわ。
冷えピタ貼って」
「冷えピタ好きすぎね」
「いいから、前髪あげて」
「いいけど、まずこの体勢どうにかしたら?」
「え?」
視野を広くさせ、私はあることに気が付く。
早美くんに覆いかぶさったままだ。
ただ私は顔をあげているだけ。
まだ早美くんに体重を預けている。
私は何も考えずに、なんて無礼なことをしていたんだと今更ながらに我に返る。
私はすぐさま早美くんから離れ、「ごめん」と深く謝った。