揺れる心静かな夜

病魔2

病魔2

瑠美は緊急病棟に運ばれるとすぐにベッドに横たえられ、点滴が取り付けられた。看護師が手早く準備を進める間、医師がいくつかの簡単な質問をしている。郁人は少し離れた場所でそれを見守っていたが、手足が冷たくなっているのを感じた。こんなに弱々しい瑠美を見たのは初めてだった。
「大丈夫だよ」と郁人はつぶやいたが、その言葉はまるで自分自身に言い聞かせるようだった。しばらくして検査が始まり、看護師が瑠美に優しく声をかけると、彼女はかすかに目を開け、微かに苦しそうな声を漏らした。「ごめんね、迷惑かけて…」
その声を聞いた瞬間、郁人の胸が締め付けられるような感覚に襲われた。いつもは強くて頼りになる瑠美が、こんなに弱っている姿を目の当たりにして、彼は動揺している自分に気づいた。思い返してみれば、いつからか彼は瑠美を当然の存在だと思うようになり、彼女への関心を失っていたかもしれない。今、病院のベッドで息を荒げる彼女を見て、郁人の中に抹消されたはずの記憶がぼんやりと浮かび上がってくる。彼女との最初の出会い、共に過ごした笑顔の日々、そして、その後の無数のすれ違い。その全てが、一気に感情を揺さぶり始めていた。
その時、不意にスマホが震え、ポケットの中で音が鳴った。郁人は現実に引き戻されたように瞬きをし、画面を確認すると、そこには「田所優香」の名前が表示されていた。一瞬、どうするべきか迷ったが、優香の顔が頭に浮かび、無意識に電話を取った。
「もしもし、足立さん?お元気ですか?」優香の声は相変わらず明るく、少し柔らかい響きを持っていた。だが、その声を聞いた瞬間、郁人の胸には妙な罪悪感が広がった。
「今…病院なんだ、妻が倒れて…」言葉が自然に口から出た。優香に自分の状況を説明することに、なぜか躊躇がなかった。
「ああ、それは大変…大丈夫なんですか?」優香の声には心配が込められている。だが、その優しさが、郁人の心に微かな違和感を残した。彼女とのやりとりは、かつての自分にとって心地よい逃避だったのかもしれない。しかし今、目の前にある現実、瑠美の存在が重くのしかかっていた。
「ありがとう。まだ検査中だけど…今はそばにいるしかないんだ。」郁人は短く答え、視線を病室の中で点滴を受けている瑠美に戻した。優香との会話は続けるべきではないと、彼の中で自然に感じていた。
「何かあったら連絡して。いつでも話を聞くから。」優香はそう言い残し、電話は終わった。電話を切った瞬間、郁人はスマホを握りしめたまましばらく動けなかった。優香との再会で感じた高揚感とは対照的に、今、彼の中で強く響くのは瑠美の存在だった。病室の静けさの中で、郁人は自分の本当の気持ちと向き合わざるを得なくなっていた。
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