揺れる心静かな夜

病魔5

病魔5

車が夜の街を静かに走り出してから、わずか5分ほど経ったころ、郁人のスマホが突然鳴り響いた。緊急のベルのように響くその音に、彼は心臓が跳ねるような感覚を覚えた。画面を見ると、病院からの着信だった。手が震えながらも、郁人はすぐに電話を取った。「はい、足立です。」
「奥さんが危篤状態です」と、冷静な医師の声が告げた。「輸血が必要なのですが、同意書にサインをいただく必要があります。すぐに来ていただけますか?」
その言葉が胸に突き刺さり、郁人は一瞬で現実に引き戻された。瑠美の命が今、ほんの少しの決断にかかっているのだと痛感した。病院にいなければならない、それが彼のすべきことだった。しかし、郁人が返事をする前に、隣の優香が静かに口を開いた。「奥さんを大事にしてね。」彼女の声には穏やかさと少しの哀愁が混じっていた。「間違いを起こすと、取り返しのつかない出来事に遭遇することになるわよ。」
優香の言葉は驚くほど冷静で、まるで彼の心の迷いを見透かしているかのようだった。彼女は少し微笑みながら、「私はいいから。ね、おじさま」と優しく付け加えた。その言葉を聞いた瞬間、郁人は自分が何をしようとしていたのか、はっきりと理解した。今、この車に乗っていること自体が、どれだけ大きな過ちだったのか。自分の逃避が瑠美を裏切ることに直結していたことに、ようやく気づいたのだ。
「優香…ごめん」と、郁人は静かに言った。そして、彼は一息ついて決意した。「今すぐ病院に戻らないと。」
優香は何も言わず、郁人を見つめたまま、車を路肩に寄せた。車が停まると、彼女はただ静かにうなずいた。「分かってるよ。私もそう言おうと思ってた。」
郁人はドアを開けて外に出た。優香の存在に一瞬心が揺れたのは確かだったが、今、自分が向き合うべきは瑠美だった。病院に向かって歩き始めると、夜の空気が冷たく彼の頬をなでた。優香は後ろから何も言わずに見送っていた。車のエンジン音が消えると、静寂が広がった。

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