傷だらけの令嬢〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜

28 真実②

「昔、結婚する前のことだ…

妻はある男性に夢中だった。

だが、その男性には既に想い人がいた。


相手の女性は自分より格下の貴族


自分がその女性に負けるなど、認めたくない

受け入れ難い現実


妻のプライドが到底許せることではなかった。



ありとあらゆる嫌がらせをしていた。

妻がその男性に対して熱烈なアピールをし

ていることは、社交界でも有名だった。

そんな妻のことを、私は…愛していた。


振り向いてくれる可能性はないと分かっていても

ただ、妻の…エミリアの傍にいられるのなら、例え友人、知人の一人としての認識だとしても構わなかった。


 そのうち、エミリアの行動は段々とエスカレートしていった。


半ば脅迫ともとれるような暴言や、

飲み物を浴びせかけたり、

女性のドレスの裾を踏んで転ばせたり、

周囲の目がある所でもお構いなしだった。

それはまるで、何かに取り憑かれているようだった。その矛先が自分に向けられるのを恐れて、誰も咎めることができないでいた。

しがない男爵令嬢のことなど、見て見ぬふりだ


ある時は、バルコニーで一人でいた女性の背中を押そうとしていた


エミリアの顔は、狂気に満ちていた。

さすがにその時は、エミリアを強引にその場から引き離したが…

このままだと、いつかその女性を殺してしまうと思った。

私は、エミリアに思いとどまって欲しかった。

だがエミリアは、もはや誰の言うことにも耳を傾けれる状態ではなかった。

自分こそが相応しい女性だと

正しいことを行なっているのだと

ぶつぶつ何か呟く姿は、半錯乱状態に見えた。

エミリアの気持ちを知りながら、相手にしないあの男が憎い

だがエミリアの気持ちを考えると、あの男を殴る訳にもいかない

エミリアの手を汚れさせる前に、いっそこの手で……とも思った。

けれど、露見して自分が捕まってしまったら、エミリアを守る者がいなくなると思った。

苦渋の決断だったが、私は女性に警告をすることにした。


女性も、身の危険を感じていた。

このまま身を引くことを、決意したようだった。

 反対する声も多く、家格に釣り合いの取れない自分は、その方に相応しくないと。

かなり疲弊していた。

そして、その後どこかへ身を隠したようだった。


女性が失踪して、邪魔者がいなくなったとエミリアは有頂天だった。

やっと自分を受け入れてもらえると。

だが、その願いは叶わなかった…

あの男は、誰とも結婚しないと公言したのだ。

跡継ぎは兄弟がいたので、問題はないと。

それからあの男は社交界に二度と姿をあらわすことはなかった。


何かの病気の療養のため表舞台からは退いたという噂だ。


軟弱な男め

まぁ後に女性を追いかけたのだと知ったが。



意気消沈し呆然とするエミリアに、私は強引に結婚を迫った。」

ここまで一気に語り終えるとノーマン伯は言葉を区切り、懐かしむように執務机の上に置かれている姿絵に視線を向ける。


 「失踪したその女性が…おまえの母親だ。

エミリアは私と結婚した後も、

ずっとその女性に対する憎しみが消えなか

ったようだ。


貴族の務めとして幾度か身体を重ねることを許してくれたが…

アンジェリカが生まれても変わらなかった

そのうち心を病み…

病床に伏しても憎しみは消えず、

亡くなる間際も…

エミリアは、その女性に復讐してほしいと、
最後の願いだからと懇願してきた。

だから私はエミリアに約束した。

必ず復讐すると。


もちろん、妻の身勝手な嫉妬心からくる逆恨みだとはわかっていた。

だが、私が復讐を誓った時のエミリアの満ちたりた笑顔を見た時、そんなことどうでもよくなった。

あの笑顔は私だけに向けられたもの。

やっとエミリアの役にたつことができる。


あらゆる手を尽くしてその女性を探した。

妻の想いを受け入れなかったあの男も憎かった。どうやって苦しめてやろうかと考えていたのに…

ついに消息を掴んだ時は、あの男も、その女性も亡くなった後だった。

その女性には娘がいる事が分かった。
私は、その娘を引き取ることにした。

アンジェリカは知らないのだ…

妻がなぜそんなにもその女性を憎んでいたのかを。 

あの女が憎いと妻はいつも言っていた。

さすがに…娘に…妻が他の男のことを想っているなど言える訳がない。

それで、私は嘘を教えた。

その方が都合が良かった。

あの男の娘に
あらゆる苦痛を与えるべく…

妻が亡くなったショックと、

結局私はあの男に負けたのかという思いと、

気持ちをぶつけたくても相手は死んでいる

このどうしようもない怒りの矛先を

あの男の娘のお前に向けたのだ


全てはあの男が引き起こしたことだ!


あの男が悪い!

あの男が!あの男が!」


ダンッダンッと執務机に拳を叩きつけながらノーマン伯はわめいていた。


その動作から、自分が殴られていた時のことが甦る

ビクッと身体が反応しながらも、正気を保っていられるのは傍にグレッグ様がいてくれるから。



ずっと…


そんな理不尽な理由で私は暴力をふるわれてきたの?

今まで耐え忍んでいた日々のことを思うと、言葉では言いあらわせられないくらいの怒りと悲しみで、心の中が侵食されていく


感情が堪えきれずに、思わず涙がこぼれる。

「言い分はそれだけか。ソフィアに対して何か言うことはないのか!」


グレッグ様はノーマン伯に鬼の形相で詰め寄る。
おもむろに腰の剣に手をかける。

『グレッグ様!』

私は、咄嗟に叫んでグレッグ様を引き留めた。


そこへ騎士団の方達が雪崩れ込むように入室してきた。


グレッグ様は剣から手を放すと、ノーマン伯を殴っていた。

「ぐぁっ!」

ノーマン伯は、殴られた反動でよろめいていた。

「貴様! たかが治安部隊の分際で━━」

「ちょっと失礼」

言い終わらないうちに、若い隊員がノーマン伯の口に布を巻いて、手を拘束しはじめていた。

「グレッグ先輩失礼します」

「あぁ、キース。後は頼む」

「了解っす。」

キースと呼ばれた若者と数人の隊員により、ノーマン伯は拘束され、連行されていった。



私は連行されていくノーマン伯の姿を、ただ黙って目で追うことしかできないでいた。

復讐?

自分達の身勝手な願いの為に、母や私を…

そんな理由で

無意識のうちに、私は自分の拳を握りめていた。

そんな事許せない。

到底受け入れられない!


感情が昂り自分を見失いそうになった

「ソフィア。

ソフィア大丈夫か?

私も戻らねばならない。

ソフィア……もう終わったんだ。

もうソフィアを苦しめる者は誰もいない。


大丈夫だから」


握りしめた拳の上に、グレッグ様の手が添えられる。

そして拳から腕へとゆっくりと撫でるように移動していく


グレッグ様の手のひらが肩まで到達すると、引き寄せられるようにグレッグ様の胸に倒れ込んだ


仄かに香るシトラスの匂いと、汗の匂い、温もりを感じさせてくれる胸。


トントンと安心させるように背中をさすられた後に、そっと離れる。


「もう少しこうしていたいが、もう行かなければならない。歩けるか?」


「は……い……」

返事をするのがやっとの状態だった。

グレッグ様はそんな私の手をとり、ノーマン邸を後にした





< 30 / 53 >

この作品をシェア

pagetop