傷だらけの令嬢〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜
「あの日のことか……あの時は一緒に逃げることができなくて本当にごめん、薬もなくて痛かったよね…

僕も、よく分からないんだ、気がついたらあそこにいたんだよね、ずっと意識不明のままだったみたいで、話を聞いた時には既にここから遠い所に、治療のため運ばれた後だった。

あのまま死んでいてもおかしくない状態だったと言われたよ。でも、子供の自分にとって、死ぬということがぴんと来なくて。
 
あまりに冷めた状態の僕の事情を聞いてくれた人がね、ケアが必要だと親身になってくれて保護してくれたんだ。」


ジャックは恐ろしいことに、酷い怪我を負った状態でどこかに放置されていたようだった。

たまたま通りがかった騎士が、医療に特化した治療院へ緊急移送してくれたそうだ。

というのも、ノーマン伯から逃げ出してくる者は多かったけれど、余程の証拠がない限り、貴族相手に楯突くことができない     

使用人への行き過ぎた躾を裁くことは難しい

騎士は、ジャックをノーマン伯から手の届かない遠くへと早急に移送することで匿ったのだ

「あそこでのことを訴えたよ。ソフィアのことも助けてほしいって…踏み込むことは今はできないけれど、助けを求めている者には保護をこれからもしていくと言ってくれたんだ。だからまずは治療に専念するようにって。」


ジャックはその後、しばらくその治療院で雑用などのお手伝いをしていた

文字の読み書きもできたので、騎士の紹介によりとある研究施設へ勤めることができたそうだ

「そこでの仕事は本当に面白くてね、あまりにも没頭しすぎて食べることを忘れるくらいだったよ。
独自での研究も成果が出せてね、いつのまにかその施設の主任になっていたよ。

信じられないだろうソフィア、僕が主任なんてさ。施設長の次の責任者なんだよ。

それに施設に援助してくれている貴族の知り合いという方から、引き抜きの話も頂いたしね。

まぁその話はお断りしたんだけど…

研究が落ち着いたのもあって、ソフィアを迎えに来たんだよ

手紙は読んでくれた?あ、えっと、届いてないかな…

ソフィアのことも聞かせて。どうやって逃げ出せたの?」


目を輝かせて語るジャックを見て、ソフィアは微笑ましく思った。

けれど、どんな時でも自分のことを気にかけてくれていて、
自分のせいでジャックに負担をかけてしまっていることを痛感し申し訳なく思う

ソフィアはあれからのことを端的に説明した。

逃げ出してから親切な人に助けられて、そこで働かせてもらっていること、

ある騎士様に助けてもらったこと

その方のおかげでノーマン伯達に裁きが下ったこと

手紙は昨日初めて見たことなど

お互い話したいことが山積みで、あっという間に時間が過ぎていた

見回りの騎士が閉館を報せに来るまで、延々と話し続けていた

「そろそろ、出ようか、あぁ、もうこんな時間なんだね。ソフィア、三日月亭という宿屋の場所を知っている?
この辺りでのおすすめの宿屋だと聞いてね、そこに泊まりたいんだけど」

ジャックの口から三日月亭の名前が出たことにソフィアは驚いた。

どこで働いているなどは伝えていなかったから

「ふふ、ジャック、なんだか今日はあなたに驚かされてばかりだわ。その三日月亭なの。わたしがお世話になっているところが。あー、えっと、ただ、しばらく三日月亭はお休みで、今は泊まることができないんだけど…」

「えっ、三日月亭ってソフィアを助けてくれた人の宿屋だったんだね。
そうか、是非僕からも直接お礼を言わせてほしい。

あっ、そうか、休みということは、それまでどこか滞在先を探さないといけないな。
ソフィア、他の宿屋のことを尋ねるのも、申し訳ないけど、他に宿屋のおすすめってあるかな?」


「えっとね、今は三日月亭のご主人達が旅行に行っているの。だからしばらくは会えないかな。それにお礼だなんて、ジャックが気にすることではないわ。

宿屋は他にもあるけれど…もしジャックさえ良ければ、三日月亭に泊まって」


「えっ、いや、それは、ちょっと…」

「ふふ、大丈夫よ、ルイーザさんみたいに凝った料理はできないけれど、それなりに料理もできるし、部屋もあるし。

ダンさんも信用できる人なら泊めていいと言っていたし」

ソフィアはダンさんとルイーザさんから、留守中の戸締りなどの注意事項を言い聞かされていた。

 例外として、信用のおける人はソフィアの部屋でも遠慮なく泊めていいと2、3回くらい言われたことを思い出した。

二人とも楽しそうに念押ししてきたけれど、ひょっとして予知能力でもあるのかしら。 ソフィアには泊めたい人がいるでしょう?と言ってたような




「えっと、宿屋なんだよね?ちなみに聞くけど、その宿屋には今はもしかしてソフィアは一人でいるの?」

「えぇそうよ、もうジャック、私を子供扱いしないで。一人でもおもてなしはできるから。行きましょう」

ソフィアは立ち上がるとハンカチを折りたたんでポケットにしまう。

「洗ってから返すわね、さぁ、ジャックこっち」

ソフィアはジャックに声をかけると歩き出した

「いや、そういう意味ではないんだけど…」

ジャックは軽くため息をついてソフィアの後に続いた



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