傷だらけの令嬢〜逃げ出したら優しい人に助けられ、騎士様に守られています〜
ウトウトとまどろんで、やっと寝入った頃だった

キースは、はっと目を開けて、剣を手に取る

辺りは静けさに包まれているが、空気の質感が変わったのを肌で感じた


キースは長年の経験から、どんな時でも危機的状況を察知する能力に優れていると自負している

何者かがこの宿屋を取り巻いている

複数人

キースはソフィアとジャックの部屋の位置を頭の中で把握する

まずいっ、二人を守りきるのは難しいかもしれない

優先順位は考えるまでもない


足音を忍ばせて、キースはソフィアの部屋へと直行した

✳︎✳︎✳︎


ソフィアは使用した食器類などを洗い終えて、元の場所へと戻していた

明日の朝は早めに起きて、腕を奮って朝食を作ろう


明日の朝食のメニューを決めると、三日月亭内の戸締りの確認をするために巡回することにした。

廊下の室内灯は最小限はつけている。
それでも薄暗い中、手元の灯りを頼りに見回るのは心細かった。


今日は偶然の再会に驚いたな

でも、本当に元気そうで良かった

記憶の中のジャックは、いつも自分が酷い扱いを受けた後にこっそりと部屋にやってきてくれる少年

あの頃の私にとって、それはまるで物語に登場する救世主や天使さまのような存在だった

ジャックが扉を開いて入ってくる時の記憶は、鮮明に覚えている

ギィと扉が変な音を立てるから、刷り込まれていた。あの後も、扉の音がする度にジャックではないかと期待していた


本来なら一人で留守番の予定だったけれど、ジャックもキースさんもいてくれる

キースさんにはあの時も助けられたし、二人とも私にとっては大切な恩人

ずっと一人だった自分にとって、こうして頼れる存在の人達が増えることが嬉しい

心がじんわりと温かくなる

でも、まずは皆に心配をかけないようにしっかりとしなければ。

窓の戸締りも念入りに確認したので、部屋へ戻りベッドに入ることにした


無意識に部屋の窓を見てしまう

グレッグ様が来られるわけないのに…
もしかしたらと期待してしまう

少し会えないだけなのに、無性に寂しく感じる


薬指の指輪をそっとなでて、サイドテーブルの上へ置いた

今度クレアおばあさまに手紙を書いてみようかしら

グレッグ様と婚約したことを伝えたら、びっくりするかな

でも、私が手紙を送ったら他のご家族の方が…

今はまだやめておこう


「おやすみなさい、グレッグ様、どうか危ないことなどされませんように」


朝から色々なことがあり動き回った疲れのせいで、ソフィアはすぐに深い眠りへと誘われた

(苦しい‼︎

えっ、なに?

やめて‼︎)

ソフィアは突然何かが口を塞いでいることに気づいて飛び起きる

目を開けても暗闇に慣れるのに数秒を要した

両手で口元を塞いでいるものを取り去ろうとするものの、びくともしなかった

ようやく目が慣れてくると、今度は目の前の人影を見て驚愕する


(誰⁉︎)

ソフィアの口もとを覆っていたのは、大きな手だった

「声を出すな」

一言だったけれど、ソフィアを大人しくさせるには充分な脅しとなった

口元は手で覆われて、低い押し殺すような声をかけられ、首元にひんやりと冷たい感触がする

刃物だろう

バクバクバクと心臓が飛び出しそうなくらい激しく鼓動する


こわい…どうしよう

ソフィアは首元のナイフを警戒しつつ、目だけで同意を表した


「立て」

口元の手が離れたけれど、ナイフはソフィアに向けられたままだった

ゆっくりと上体を起こしベッドの端へ腰かけた状態となる

足を床におろして、サイドテーブルに手をついてから立ち上がる

その時に無意識に指輪を掴み取りポケットに忍ばせる

怖くて何かに縋りたくて、グレッグ様を思わせる指輪がお守りのように思えたからだ

(グレッグ様…)

ガクガクと足が震えている

扉の外へ歩くように指し示されたので、ソフィアは怯えながらも廊下へと出る



背中にはピッタリとナイフが押し当てられている

「ソフィアちゃん‼︎ ふせて!」


廊下へ出た途端、キースがこちらへ向かって剣を構えて走り込む姿が目に入った

身をよじり脇へふせようとしたものの、すぐに背後から手が伸びてきた


「キー…」

キースさんと声を出し終わる前に口を塞がれる

ソフィアを盾にするように、背後からナイフを首元につきつけて男は威嚇する


「動くな!少しでも動いたらこの女がどうなっても知らないぞ」

「……わかった」

「武器を捨てろ、ゆっくりと地面に置いて後ろに下がれ」

キースは剣を床に置くと、数歩後ずさった

「両手を上に上げろ」

「さっさと行くんだ!」

「いったい誰なんだ君達は、分かったから」

ガヤガヤとキースの後方
から複数人がやってきた

あろうことかジャックを縄で縛って引き連れていた



(ジャック!)


「ソフィア!彼女を放せ!」

「わめくな!」

暴れるジャックの腹部を隣の男が膝で蹴る

(ジャック!)

「んーーー」


口元を塞がれているので思うように話せない


「なんだその男は?」

皆が一斉にキースを見る

「ソフィアは…この女だな、で、ジャックは……どっちだ、」


「金髪の…聞いてた容姿の女だな、こいつがソフィアでジャックの容姿は‼︎」

「女と一緒にいるから連れてこいとしか…」

「黒い髪と言ってなかったか、誰か覚えてないのか‼︎」


男達の目的は私とジャック?

せめてキースさんだけでも逃げられないかしら

しびれを切らした男が叫ぶ

「おい!ジャックはどっちだ‼︎ ジャックじゃない方は逃してやる、どっちだ!」


男は刃物をちらつかせて交互に脅すような仕草をした

「俺がジャックだ」
「私がジャックだ」

「なんだと、ふざけてるのか!おい女、ジャックはどっちか答えろ」

男に問いかけられた瞬間、ふとソフィアは視線を感じてキースの方を見る。その瞳に何かの意思が宿っているのが窺える

キースさん…?  

キースさんは騎士の方だし、きっと何か考えがあるのだろう

でも、本当にもう一人は解放してくれるのかな

最悪殺されたり……

どうしよう…誰も傷ついてほしくない

多少の痛みなど慣れているから、私もジャックと答えるべき? そんなこと言ったらおかしいわよね

あぁ、

どう答えるのが正解なんだろう…



「あー!恐怖で固まってるじゃねえか、あまり長居はしたくない、仕方ない全員連れて行くぞ!」


ソフィアが答えないことに苛立った男は、全員まとめて連れ去るべく、縄でソフィアとキースを縛り始めた
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